こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
涼しい日が続いていますね。
24~25度。一年中こんな気温が続いてくれ
たらいいのになと思います。
さて、世の中ダイバーシティやインクルー
ジョンの必要性が叫ばれて久しいですね。
しかし、私の知る限りそれがうまくいってい
る企業は、主に欧米の外資系に限定されてい
るような印象です。
「たいへんうまくいっている」という日本企
業を、じつはあまり多く知りません。
今日はその問題の本質について考察していき
たいと思います。
多様性を受け入れることは大切。
(ダイバーシティの考え方)
多様性を活かすことも大切。
(インクルージョンの考え方)
きっと皆さまもそう思っていることでしょう。
私も、実際にそう思います。
では、なぜ企業でうまく進まないのか。
それは、大げさに言えば、
「人間関係」を説明するときの、
西洋と東洋の土着的な価値観の違いにあるの
ではないかと思います。
例えば、キリスト教を代表とする西洋的な
宗教的価値観において、
人と人との関わり合いのゴールは「自立」で
あり、「自律」です。
人に頼らず、はやく一人前になってもらう
ことを相手に求め、
それ故に、他人に必要以上に踏み込まず、
価値観を否定もしなければ受け入れもしない。
乱暴な説明ですが、こんなスタンスに、そも
そも立っているのではないかと思います。
ですからある意味、自立を求める厳しさを
もって「一人前として扱う」という準備が
できているように思います。
だから、そもそもダイバーシティの考え方は
当たり前の概念というわけです。
ところが、日本はちょっと違いますね。
(私は日本と韓国しか知りませんが)
相手の自立を求める概念は、最初からは
持ち合わせていなかったようです。
狭い土地でたくさんの人どうしがうまくやって
いくには、
「お互いさま」とか「おかげさま」という
関係を築くことが必要です。
となると、必然的に人間関係のあり方として
「ひとりでは生きていけない」という感覚
が育まれますね。
さきほどの西洋的念とは、まるで真逆です。
そして、ダイバーシティが国内企業で進まない
本質がここにある気がします。
つまり、私たち日本人の「人間関係」について
のコンセプトとして、
「お互い助け合わないといけない関係だから、
相手のことをよく理解しないといけないし、
そのつもりさえあれば、
人間どうし、理解はしあえる」
という、前提に立っているのではないでしょうか。
「人間どうし、理解し合える」
この基本的な概念こそ、ダイバーシティにつまづいて
しまう、問題の本質があります。
みなさんは、この考えを疑ったことはありますか?
私個人の見方ですが、
「人間関係」について基本的な考え方を表明してみます。
「人間どうしは、そもそもわかり合えない」
と思っています。
よほどのことがないかぎり、「分かり合う必要もない」
とも思っています。
ですから、
「他者を否定する必要も、受け入れる必要もない」
と思っているわけです。
さらに言えば、
「だからこそ、理解するためには努力が必要」
と自覚しているのです。
この考え方をするようになって、
私自身、本当にストレスが減りました。
あれほど頭を悩ませていた、長男との
間柄も、今ではほぼノーストレスです(笑)
そもそも人はひとりひとり違う考え方を
持っていることが当たり前なわけで、
それを理解しようとすれば、それ相応の
努力と覚悟が求められます。
わかっていることかとは思いますが、
あらためてお伝えします。
人間関係を築くには、「努力」が必要なのです。
しかもそれは、
「必要があれば」です。
つまり必要とされない場面で、
「チームとしてまとまろう」
「相手のことを知らないといけない」
「相手は私のことを理解するべきだ」
と推し進めるのは、知力・体力のムダでしか
なく、何も得るものはありません。
むしろ、余計な「忖度(そんたく)」だけが
働きだし、消耗するばかりです。
「理解しよう」という態度を手放した瞬間、
人間関係は突然、うまくいくことがあります。
なぜか?
それは
お互いに「ほど良い距離感」ができたからなのです。
互いにとって心地の良いエリア(緩衝地帯)を、
確保することができたからです。
ダイバーシティが進まない理由はこれです。
つまり、
誰もが
「お互い歩み寄る必要があるし、理解し合える
はずだ」
という立ち位置から、一歩も譲らない、ということが、
ダイバーシティのつまづきの原因なのです。
そのためにダイバーシティとは、こう解釈されます。
「互いの踏み込み度合いが必要以上に求められる」と。
これは、本来の意味からほど遠い、勘違いです。
そんな取り組みだったら、誰だってイヤですよね。
面倒なだけです。
ダイバーシティの本質は
「相手に踏み込みすぎないように
ほど良い距離感をキープできるか」
そして
「相手から踏み込ませないために
ほど良い距離感をキープできるか」
ということから、まずは取り組まなければならない
と思っています。
いかがでしょうか。
ダイバーシティもインクルージョンも、
人間関係の本来のあり方を疑い、
立ち位置を見つめ直すことから始めてみては
いかがでしょうか。
最後に、
ダイバーシティはそもそも西洋的な価値観から、
永年かけて生まれた概念なわけですから、
私たち日本人がそんなに焦って、どうにかしよう
としなくてもいいんじゃないの?
むしろ、もう少し慎重に検討して扱った方が
良いのではないか?
と、個人的には思っていますが。
賢者は征服するよりも、
深入りしないことを得策とする。
引用元:ダイバーシティが進まない理由を考える
リバース・フロウの清原です。
涼しい日が続いていますね。
24~25度。一年中こんな気温が続いてくれ
たらいいのになと思います。
さて、世の中ダイバーシティやインクルー
ジョンの必要性が叫ばれて久しいですね。
しかし、私の知る限りそれがうまくいってい
る企業は、主に欧米の外資系に限定されてい
るような印象です。
「たいへんうまくいっている」という日本企
業を、じつはあまり多く知りません。
今日はその問題の本質について考察していき
たいと思います。
多様性を受け入れることは大切。
(ダイバーシティの考え方)
多様性を活かすことも大切。
(インクルージョンの考え方)
きっと皆さまもそう思っていることでしょう。
私も、実際にそう思います。
では、なぜ企業でうまく進まないのか。
それは、大げさに言えば、
「人間関係」を説明するときの、
西洋と東洋の土着的な価値観の違いにあるの
ではないかと思います。
例えば、キリスト教を代表とする西洋的な
宗教的価値観において、
人と人との関わり合いのゴールは「自立」で
あり、「自律」です。
人に頼らず、はやく一人前になってもらう
ことを相手に求め、
それ故に、他人に必要以上に踏み込まず、
価値観を否定もしなければ受け入れもしない。
乱暴な説明ですが、こんなスタンスに、そも
そも立っているのではないかと思います。
ですからある意味、自立を求める厳しさを
もって「一人前として扱う」という準備が
できているように思います。
だから、そもそもダイバーシティの考え方は
当たり前の概念というわけです。
ところが、日本はちょっと違いますね。
(私は日本と韓国しか知りませんが)
相手の自立を求める概念は、最初からは
持ち合わせていなかったようです。
狭い土地でたくさんの人どうしがうまくやって
いくには、
「お互いさま」とか「おかげさま」という
関係を築くことが必要です。
となると、必然的に人間関係のあり方として
「ひとりでは生きていけない」という感覚
が育まれますね。
さきほどの西洋的念とは、まるで真逆です。
そして、ダイバーシティが国内企業で進まない
本質がここにある気がします。
つまり、私たち日本人の「人間関係」について
のコンセプトとして、
「お互い助け合わないといけない関係だから、
相手のことをよく理解しないといけないし、
そのつもりさえあれば、
人間どうし、理解はしあえる」
という、前提に立っているのではないでしょうか。
「人間どうし、理解し合える」
この基本的な概念こそ、ダイバーシティにつまづいて
しまう、問題の本質があります。
みなさんは、この考えを疑ったことはありますか?
私個人の見方ですが、
「人間関係」について基本的な考え方を表明してみます。
「人間どうしは、そもそもわかり合えない」
と思っています。
よほどのことがないかぎり、「分かり合う必要もない」
とも思っています。
ですから、
「他者を否定する必要も、受け入れる必要もない」
と思っているわけです。
さらに言えば、
「だからこそ、理解するためには努力が必要」
と自覚しているのです。
この考え方をするようになって、
私自身、本当にストレスが減りました。
あれほど頭を悩ませていた、長男との
間柄も、今ではほぼノーストレスです(笑)
そもそも人はひとりひとり違う考え方を
持っていることが当たり前なわけで、
それを理解しようとすれば、それ相応の
努力と覚悟が求められます。
わかっていることかとは思いますが、
あらためてお伝えします。
人間関係を築くには、「努力」が必要なのです。
しかもそれは、
「必要があれば」です。
つまり必要とされない場面で、
「チームとしてまとまろう」
「相手のことを知らないといけない」
「相手は私のことを理解するべきだ」
と推し進めるのは、知力・体力のムダでしか
なく、何も得るものはありません。
むしろ、余計な「忖度(そんたく)」だけが
働きだし、消耗するばかりです。
「理解しよう」という態度を手放した瞬間、
人間関係は突然、うまくいくことがあります。
なぜか?
それは
お互いに「ほど良い距離感」ができたからなのです。
互いにとって心地の良いエリア(緩衝地帯)を、
確保することができたからです。
ダイバーシティが進まない理由はこれです。
つまり、
誰もが
「お互い歩み寄る必要があるし、理解し合える
はずだ」
という立ち位置から、一歩も譲らない、ということが、
ダイバーシティのつまづきの原因なのです。
そのためにダイバーシティとは、こう解釈されます。
「互いの踏み込み度合いが必要以上に求められる」と。
これは、本来の意味からほど遠い、勘違いです。
そんな取り組みだったら、誰だってイヤですよね。
面倒なだけです。
ダイバーシティの本質は
「相手に踏み込みすぎないように
ほど良い距離感をキープできるか」
そして
「相手から踏み込ませないために
ほど良い距離感をキープできるか」
ということから、まずは取り組まなければならない
と思っています。
いかがでしょうか。
ダイバーシティもインクルージョンも、
人間関係の本来のあり方を疑い、
立ち位置を見つめ直すことから始めてみては
いかがでしょうか。
最後に、
ダイバーシティはそもそも西洋的な価値観から、
永年かけて生まれた概念なわけですから、
私たち日本人がそんなに焦って、どうにかしよう
としなくてもいいんじゃないの?
むしろ、もう少し慎重に検討して扱った方が
良いのではないか?
と、個人的には思っていますが。
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◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
賢者は征服するよりも、
深入りしないことを得策とする。
引用元:ダイバーシティが進まない理由を考える