九州地方で豪雨災害に遭われた被災者および

関係者の方々に、心より御見舞い申し上げます。

 

 

こんにちは。

リバース・フロウの清原です。

 

 

ただいま、宮城への出張帰り、新幹線でコラムを

書いています。

 

それにしても、暑いですね。

「梅雨、明けてました」宣言は、気象庁の”ひとり

チキンレース”の様相を呈してきました。

もはや、ネを上げるのも時間の問題かと思います。

 

 

 

 

今日のテーマは、人の「持ち味」についての考察

です。

 

 

クライアントとお話をしていますと、よくこのよう

な言葉を聞きます。

 

 

「うちの社員はマジメなんです。でも、、、」

 

「彼/彼女は、本当はマジメなんですよ。でも、、、」

 

 

といったセリフ。

皆さんはどう思われますか?

 

 

私は最近、思ったことをそのまま言うことも真心だと

思っており、だいたい次のように返します。

 

 

「社長。

 

マジメというのは、持ち味じゃありませんよ…」

 

 

私は、持ち味というものを考えるとき、とりあえず

 

”マジメさ”というものは、外して考えます。

 

 

なぜか。

 

 

”マジメさ”は、持ってて当たり前だからです。

 

 

当たり前すぎて、持ち味にはならないからです。

 

 

 

社会人として、”マジメさ”がない人なんて、いるので

しょうか?

 

少なくとも私は、会ったことがありません。

 

「自分は”破天荒”だ」と息巻いているように見える

起業家でも、中身はまったく違います。

 

お客様、要するに自分にお金を運んでくれる人に対して

の態度は、じつにペコペコと謙虚なものです。

拍子抜けがするくらい…

 

 

こういうわけで、まず”持ち味”というものを考えるとき、

”マジメさ”は外して考えましょう。

 

あって当たり前。これは、特徴にすらなりません。

 

ましてや、「マジメだけが取り柄」などという人がいる

とすれば、厳しい言い方ですが、その人は何も持ってい

ない、と言っているに等しいことになります。

 

取り柄でなく、「前提条件があるだけ」になるからです。

 

 

 

 

私が”マジメさ”を取り柄とみなしてほしくないのには、

理由があります。

 

 

マジメさは、何も生み出さないからです。

 

つまり、”創造性”の反意語。

 

 

 

マジメさは、思考停止を生む場合もあるからです。

 

つまり、”主体性”の反意語。

 

 

 

例えばそれが顕著に理解できる事例が、歴史を振り返れば、

たくさんあります。

 

 

あの、日露戦争時。

旅順攻略における、歴史上最悪と言われる日本兵

の大量戦死。

 

あの、第二次世界大戦時。

日本海軍の無策による破滅的暴走。

 

 

…少々、大げさな例えかもしれませんが、”マジメさ”が、

場合によっては、「盲信による破滅」を導くという歴史を、

私たちの先達は、味わってきたはずです。

 

そして戦後、私たち日本人は、この”マジメさ”を”勤勉さ”と

いう、都合の良い言葉に置き換えられ、GHQの指導のもと、

大量のサラリーマン輩出国とならざるを得なかったのです。

 

 

上が、「右を向け」と言えば右を向く。

「突っ込め」と言えば、突っ込む。

 

 

そこには、自分の思考をはさむ余地が許されないのです。

 

 

自主性、主体性、つまり”オーナーシップ”とか、

 

みずから考え、押しつけられない何かを生み出す、

つまり”クリエイティビティ”とか、

 

 

そんなものとはまるで無縁の言葉です。

 

 

 

そうして、先の、経営者のクライアントの言葉。

 

 

「うちの社員はマジメなんです。でも、、、」

 

「彼/彼女は、本当はマジメなんですよ。でも、、、」

 

 

この「でも、、、」という行間に、社長の言わんとして

いることが伺えるわけです。

 

 

「マジメなのは良いんだが、指示される前に自分で

考えて動いてほしい」

 

という思いが伝わってきます。

 

 

 

先日も、クライアントである某社長とお話していました。

 

「うちの管理職は、だれしも仕事はしっかりやる。

 

でも。ただ、それだけなんです。

 

自分の守備範囲だけは、しっかり守るんです。

 

他の部署の仕事ぶりにも無関心。

 

あちらで炎上していようと、自分たちの仕事で

 

ミスさえ起きなければ、それでよし、なんです。

 

マジメなのは、いいんですがね…」

 

 

聞いていて、なんとも切ない気持ちになりました。

 

「”マジメさ”さえあれば、批難されることはない」

 

という、なんとも貧しいメンタリティが、社員を

むしばんでいる気がしてならないのです。

 

 

 

社長。

心当たりは、ありませんか?

 

マジメな社員。大いに結構です。

 

では、彼らは、マジメに社長や上司の言うことを

聞いているだけで、じゅうぶんなのでしょうか?

 

それだけを願う経営者に、私はお目にかかったこと

はありません。

 

 

 

どんな経営者も、

 

みずからの会社を今よりももっと成長させ、

 

社員とその家族の生活を保証し、

 

社会にとってかけがえのない企業にさせようと必死です。

 

 

ですから、社員への評価は、間違っても”マジメさ”を

持ち出させないでください。

 

”マジメさ”は、あくまで前提条件です。

持っていて、当たり前なのです。

 

 

「マジメに働き、かつ、創造的」

 

 

「マジメに働き、かつ、リーダーシップを発揮している」

 

 

「マジメに働き、かつ、専門性がピカイチ」

 

 

「マジメに働き、かつ、職場の人たちを前向きにさせる

発言力を持っている」

 

 

など。

 

ビジネスで言うところの、人の”持ち味”とは、マジメさ

という前提条件があって、その上に語られるべきもの

です。

 

 

 

 

では、”持ち味”とは、何でしょう?

 

 

私の解釈では、”持ち味”とは、

 

「その人なりのやり方で、他者を幸せにできる

ありよう」

 

だと思っています。

 

 

”ありよう”。つまり、”Being”です。

 

おのずから発せられるエネルギーのようなイメージです。

 

”存在の仕方”。

もともと備わっている、その人独自の強みです。

 

 

 

何かをしてくれる、というものでなく、その人に触れた

ときに、「五感で感じられる何か」です。

 

 

 

ですから、持ち味とは、その人にしか持ちえない、

もちろん、競って手に入れるものではない、”価値”

です。

 

 

それこそが、本人が自覚したとき、他者に”良い影響”

を与えるカタチに、昇華するのです。

 

 

社長。

経営者として、もっと社員に目を向ける必要はあり

ませんか?

 

 

 

社員を一括りにして、「皆、マジメだ」と言うのでは

なく、

 

一人ひとりの取り柄が何かを見極め、

 

せっかくだから、それを他者のために発揮させてこそ、

 

社員育成といえるのではないでしょうか。

 

 

 

それら一人ひとりの取り柄が、シナジー効果を生む

ときこそ、会社としての競争力が備わるときです。

 

 

マジメと創造性が両立する会社であらんことを。

 

 

 

 

 

<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・”マジメさ”は、取り柄ではない。

持っていて当たり前。マジメさを評価しないこと。

 

・”創造性”、”主体性”は、別のもの。

 

・一人ひとりの取り柄を自覚させるためには、

一人ひとりに目を向けなければならない。

 

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~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

われわれが不信を抱いていれば、

 

相手がわれわれをだますのは正統なことになる。

 

 

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引用元:「マジメ」は取り柄になるのか?