こんにちは。
皆さん、夏バテはしていませんか?
私の会社は、今月が決算月です。
良い締めくくりになるよう、特に今月は夢中で
動き回っています。
そして一日が終ると、動けなくなるくらい
グッタリ。。。
昨日は、4件のコンサルティングにつづき、
夜は経営者の方々との懇親会。
こうして目まぐるしく動き回り、たくさんの人に
お会いしていますと、「世間て、本当に狭いなあ」
と実感します。
先日、大学の同窓会で初めて知り合った大先輩の方
から、
「私の知り合いの経営者が、たぶんあなたの高校の
後輩らしい。ちょっと会ってみて」
とご紹介をいただきました。
私は岐阜県の高山市で育ち、
大学は、大阪、
今は、東京にいるわけです。
一見、つながりようがありません。
しかし、つながるときはつながるのです。
大阪で一度も会ったことのなかった方から、
高山で一度も会ったことのない方を、
東京で紹介される、という不思議なご縁。
紹介いただいた、高校の後輩だったはずのその社長
は、じつに誠実で立派な方でした。
ビジネスも親和性があり、今後、東京でも高山でも
永いお付き合いが始まりそうです。
そして今晩の経営者懇親会でも、また同じような
ことが起きました。
今日、初めてお会いしたあるアナウンサーの方から、
「清原さんとよく似たお仕事をされている方と
親しくしているんですよ。
その方、いま岐阜県の高山市というところに
住んでいて、私、ちょうど先週高山に行って、
会ってきたところなんですよ」と。
この方、もちろん私が高山にゆかりがあるなんて
ご存知ありませんでした。
「あの、私そこに来週行くんですけど。。、
いや、そこの出身でして、帰省するんです」
私がそのことを開示するや、驚きのあまり、しばし
言葉が出なかったようです。
私も同様、驚くばかりでした。
その高山に住まれている方をご紹介いただき、
恐らく来週、現地でお会いすることになりそうです。
こうした出来事を、共時性、つまり「シンクロニシティ」
と、世間では言います。
シンクロニシティとは、「意味のある偶然」という
意味です。
こんな最近の出来事は、「世間は狭いな」と実感すると
同時に、私に「縁」とういものについて考えさせてくれ
ました。
今回のテーマはこの「縁」から考察を深めて、「運」
というものについて、私なりに定義をしていみようと
思います。
「運」とはいったい、何なのでしょうか?
一見、じつに定義があいまいなもののように見えますが、
私はこれを、ビジネスで扱っています。
ここでは、運について考えるために、まずは、”運を操る”
いわゆる”運の良い”人たちの共通点に目を向けてみましょう。
まず、”運の良い人”について、定義します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運が良い人の定義:
1)良い出会いに恵まれている
2)あらゆることから学ぼうとする
3)「自分は運が良い」と信じている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私は、経営者となって特に、実感していることがあり
ます。
気づけば、私の周りには、「自分は運が良い」と言って
いる人ばかりだ、と。
そして、昔からハッキリ避けていることもあります。
それは、「運の悪い人」には、近づかないようにして
いる、ということです。
いえ。正確に言えば、
「運の悪い人」が、私から離れていく、そしていつの
間にか、縁が切れていると言う具合です。
では、上の3つの定義について、それぞれ解説をしていき
ます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 1)
良い出会いに恵まれている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人というのは、その周りを見ればわかります。
「良い出会いがあり、それを維持できているかどうか」
がその基準です。
良い出会いとは何でしょうか?
それは、一言で言えば、
「自分が思っている自分よりも、
高く自分を評価してくれる人が
現れること」
それはつまり、
自分でも気づいていない自分の価値を見出してくれる、
まさに”幸運の女神”との出会い、だと言えます。
その人が、自分でも気づいていない価値を見出してくれた
おかげで、
・思ってもみなかったような、自分の魅力が発揮されたり
・思ってもみなかったような、さらに素晴らしい人を
紹介してもらえたり
・思ってもみなかったような、実力を発揮できたり
そして、そのおかげで、思ってもみなかったような実績
や人脈、お金を手にすることができたりするわけです。
おわかりですか?
”運の良い人”というのは、自分が思っているよりも
高く自分を評価してくれる人と出会うことで、
思ってもみなかったような結果を得ます。
それが、傍から見れば「運が良いね」と映るのです。
ところが、いわゆる”運の悪い人”は、こういう人との
出会いで、どんなリアクションをするのか?
ここ、すごく大事です。
「いえいえ。私に、そんな力はないです」
と、反射的に言ってしまうのです。
きっと彼らは、自分が思っている以上に高く評価されて
しまい、謙遜しているんでしょうね。
でも、なんてくだらない謙遜なのでしょう。
せっかく目の前に、自分を高く評価してくれる人が
現れた。
その人は、言ってくれます。
「あなたに眠っている魅力は、素晴らしいものがある」
それは、その人だから見える”事実”なのでしょう。
でも、言われたこの”運の良いはず人”は、反射的に返す。
「いえいえ。そんなことないです」
私も、こうやって返されてしまった経験は、数知れず。
素晴らしい価値を感じて、伝えているのに、その本人から
わざわざ「いえ!そんなことないです!」と。
私はそれを受けて何を思ったか?
「残念な人だな」です。
せっかくその人の持っている素晴らしいものを
感じ取って、伝えてあげてる。
その瞬間「そんなことないですよ!」です。
認めてくれた人を、つまりは否定しているわけです。
自分を高みに連れ行ってくれるかもしれない、目の前の
”幸運の女神”に対し、
「あなたは見る目がない」と言っているわけです。
謙遜しているつもりなのでしょうが、
私からすれば、そういう人は、”ゴーマン”です。
せっかく投げかけてくれる”好意”を、わざわざ否定して
得られるものって何ですか?
こうして”運の悪い人”は、誰からも褒められなくなり、
やがては本当に「自分には価値がない」と、ひとりで
勝手に低みに落ちていくわけです。
一方、運の良い人は、
高く評価してくれた人に、
少し気恥ずかしさを感じながらも、
「そうですか? ありがとうございます!」
と、受け入れるのです。
これこそ、謙虚であり、人がもっともっと褒めたくなる
特徴です。
自分を高みに連れ行ってくれる人の言葉を受け入れ、
「自分にはそんな力があったんだ」と信じて行動できる人。
こういう人が、さらに自分の運を良くする人なのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 2)
あらゆることから学ぼうとする
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
起きたこと、事象そのものは、極めてニュートラルであり、
それ自体が意味を持つわけではないと思っています。
そこに、当事者が勝手な解釈を当てはめて、「成功」だの
「失敗」だの、言い出すわけです。
つまり失敗というのは、本人がそのように定義しないと
失敗にはなりません。
傍から見れば、一見「失敗」と見える出来事から、
次に活かせる何かを学ぼうとする人は、じつに強いです。
どんなことからも、「次に活かす」という目的を持って
学ぶことで、実際に、次、同じことが起きても、乗り越え
られるくらい強くなるのです。
一方、”運の悪い人”とは、
思い通りにいかない状況を、すべて「失敗」と定義します。
皆さん、ご存知だと思います。
世の中、ほとんどのことが思うようにいきません。
この、”ほとんどのこと”を「失敗」というのです。
であれば、人生、面白いわけないのです。
そうして、決まってこう言います。
「自分は、運が悪い」
「自分は、ツイてない」
…じつにワガママですよね。
世の中、思うように行かないことが「普通」ですから、
”運の良い人たち”は、まずそれ前提で、生きています。
そんな中でも、彼らは、
「次は少しでも結果を良くしよう」と、あらゆることから
学ぶのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 3)
「自分は運が良い」と信じている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良さの、本質にして、真髄。
結局、これが結論となります。
これ以上に、運を良くするマインドセットは他にありません。
「私は運が良い」と言っている人、周りに一人や二人はい
ますよね?
その人をよく観察してみてください。
言っている通り、明らかに”幸運”が相次いでいるはずです。
と言っても、その人は生まれて今まで、ずっと良いこと
だけが起きてきたわけではないでしょう。
過去に起きた、あれやこれや。。。
良いことも悪いことも、すべて含めて、自分を”肯定”できる
強さを秘めた人。
その人こそが、本当に幸運な人です。
「あのとき私に起きた、あの出来事。
あれがあったから、今の私がいるんだ」
と、すべてを受け入れて、肯定的に自分の人生を捉えられる
人のことです。
「幸せになるんだ」
「自分の人生に責任を持つんだ」
という強い意思を感じられます。
だからこそ、今起きていることも、これから起きることも
その意思の強さで、「必要なことだったんだな」と、転換
できる強さを持てるのです。
こういう人には、”覚悟”、つまり
「人生を良くしよう」という、前向きな決意があります。
「自分は運が良い」と言うのは、根拠など必要ありません。
そう”決める”だけです。
そう思い込む強さが必要だ、ということです。
いかがでしたでしょうか。
”運の良い人たち”というのは、ある意味、
「自分は幸運な人生を送るんだ」と、腹をくくった人たち
だと、言えるでしょう。
<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・運の良い人は、自分が思っている以上に自分を
高く評価してくれる人に巡り合う
・「次はもっと良くなろう」と、あらゆること
から学ぼうとする
・「自分は運が良い」と信じている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
われわれは、
自分に良くしてくれる人に会うよりも、
自分がよくしてやっている人に会うほうが
好きである。

引用元:「運が良い」って何だ?
リバース・フロウの清原です。
皆さん、夏バテはしていませんか?
私の会社は、今月が決算月です。
良い締めくくりになるよう、特に今月は夢中で
動き回っています。
そして一日が終ると、動けなくなるくらい
グッタリ。。。
昨日は、4件のコンサルティングにつづき、
夜は経営者の方々との懇親会。
こうして目まぐるしく動き回り、たくさんの人に
お会いしていますと、「世間て、本当に狭いなあ」
と実感します。
先日、大学の同窓会で初めて知り合った大先輩の方
から、
「私の知り合いの経営者が、たぶんあなたの高校の
後輩らしい。ちょっと会ってみて」
とご紹介をいただきました。
私は岐阜県の高山市で育ち、
大学は、大阪、
今は、東京にいるわけです。
一見、つながりようがありません。
しかし、つながるときはつながるのです。
大阪で一度も会ったことのなかった方から、
高山で一度も会ったことのない方を、
東京で紹介される、という不思議なご縁。
紹介いただいた、高校の後輩だったはずのその社長
は、じつに誠実で立派な方でした。
ビジネスも親和性があり、今後、東京でも高山でも
永いお付き合いが始まりそうです。
そして今晩の経営者懇親会でも、また同じような
ことが起きました。
今日、初めてお会いしたあるアナウンサーの方から、
「清原さんとよく似たお仕事をされている方と
親しくしているんですよ。
その方、いま岐阜県の高山市というところに
住んでいて、私、ちょうど先週高山に行って、
会ってきたところなんですよ」と。
この方、もちろん私が高山にゆかりがあるなんて
ご存知ありませんでした。
「あの、私そこに来週行くんですけど。。、
いや、そこの出身でして、帰省するんです」
私がそのことを開示するや、驚きのあまり、しばし
言葉が出なかったようです。
私も同様、驚くばかりでした。
その高山に住まれている方をご紹介いただき、
恐らく来週、現地でお会いすることになりそうです。
こうした出来事を、共時性、つまり「シンクロニシティ」
と、世間では言います。
シンクロニシティとは、「意味のある偶然」という
意味です。
こんな最近の出来事は、「世間は狭いな」と実感すると
同時に、私に「縁」とういものについて考えさせてくれ
ました。
今回のテーマはこの「縁」から考察を深めて、「運」
というものについて、私なりに定義をしていみようと
思います。
「運」とはいったい、何なのでしょうか?
一見、じつに定義があいまいなもののように見えますが、
私はこれを、ビジネスで扱っています。
ここでは、運について考えるために、まずは、”運を操る”
いわゆる”運の良い”人たちの共通点に目を向けてみましょう。
まず、”運の良い人”について、定義します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運が良い人の定義:
1)良い出会いに恵まれている
2)あらゆることから学ぼうとする
3)「自分は運が良い」と信じている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私は、経営者となって特に、実感していることがあり
ます。
気づけば、私の周りには、「自分は運が良い」と言って
いる人ばかりだ、と。
そして、昔からハッキリ避けていることもあります。
それは、「運の悪い人」には、近づかないようにして
いる、ということです。
いえ。正確に言えば、
「運の悪い人」が、私から離れていく、そしていつの
間にか、縁が切れていると言う具合です。
では、上の3つの定義について、それぞれ解説をしていき
ます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 1)
良い出会いに恵まれている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人というのは、その周りを見ればわかります。
「良い出会いがあり、それを維持できているかどうか」
がその基準です。
良い出会いとは何でしょうか?
それは、一言で言えば、
「自分が思っている自分よりも、
高く自分を評価してくれる人が
現れること」
それはつまり、
自分でも気づいていない自分の価値を見出してくれる、
まさに”幸運の女神”との出会い、だと言えます。
その人が、自分でも気づいていない価値を見出してくれた
おかげで、
・思ってもみなかったような、自分の魅力が発揮されたり
・思ってもみなかったような、さらに素晴らしい人を
紹介してもらえたり
・思ってもみなかったような、実力を発揮できたり
そして、そのおかげで、思ってもみなかったような実績
や人脈、お金を手にすることができたりするわけです。
おわかりですか?
”運の良い人”というのは、自分が思っているよりも
高く自分を評価してくれる人と出会うことで、
思ってもみなかったような結果を得ます。
それが、傍から見れば「運が良いね」と映るのです。
ところが、いわゆる”運の悪い人”は、こういう人との
出会いで、どんなリアクションをするのか?
ここ、すごく大事です。
「いえいえ。私に、そんな力はないです」
と、反射的に言ってしまうのです。
きっと彼らは、自分が思っている以上に高く評価されて
しまい、謙遜しているんでしょうね。
でも、なんてくだらない謙遜なのでしょう。
せっかく目の前に、自分を高く評価してくれる人が
現れた。
その人は、言ってくれます。
「あなたに眠っている魅力は、素晴らしいものがある」
それは、その人だから見える”事実”なのでしょう。
でも、言われたこの”運の良いはず人”は、反射的に返す。
「いえいえ。そんなことないです」
私も、こうやって返されてしまった経験は、数知れず。
素晴らしい価値を感じて、伝えているのに、その本人から
わざわざ「いえ!そんなことないです!」と。
私はそれを受けて何を思ったか?
「残念な人だな」です。
せっかくその人の持っている素晴らしいものを
感じ取って、伝えてあげてる。
その瞬間「そんなことないですよ!」です。
認めてくれた人を、つまりは否定しているわけです。
自分を高みに連れ行ってくれるかもしれない、目の前の
”幸運の女神”に対し、
「あなたは見る目がない」と言っているわけです。
謙遜しているつもりなのでしょうが、
私からすれば、そういう人は、”ゴーマン”です。
せっかく投げかけてくれる”好意”を、わざわざ否定して
得られるものって何ですか?
こうして”運の悪い人”は、誰からも褒められなくなり、
やがては本当に「自分には価値がない」と、ひとりで
勝手に低みに落ちていくわけです。
一方、運の良い人は、
高く評価してくれた人に、
少し気恥ずかしさを感じながらも、
「そうですか? ありがとうございます!」
と、受け入れるのです。
これこそ、謙虚であり、人がもっともっと褒めたくなる
特徴です。
自分を高みに連れ行ってくれる人の言葉を受け入れ、
「自分にはそんな力があったんだ」と信じて行動できる人。
こういう人が、さらに自分の運を良くする人なのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 2)
あらゆることから学ぼうとする
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
起きたこと、事象そのものは、極めてニュートラルであり、
それ自体が意味を持つわけではないと思っています。
そこに、当事者が勝手な解釈を当てはめて、「成功」だの
「失敗」だの、言い出すわけです。
つまり失敗というのは、本人がそのように定義しないと
失敗にはなりません。
傍から見れば、一見「失敗」と見える出来事から、
次に活かせる何かを学ぼうとする人は、じつに強いです。
どんなことからも、「次に活かす」という目的を持って
学ぶことで、実際に、次、同じことが起きても、乗り越え
られるくらい強くなるのです。
一方、”運の悪い人”とは、
思い通りにいかない状況を、すべて「失敗」と定義します。
皆さん、ご存知だと思います。
世の中、ほとんどのことが思うようにいきません。
この、”ほとんどのこと”を「失敗」というのです。
であれば、人生、面白いわけないのです。
そうして、決まってこう言います。
「自分は、運が悪い」
「自分は、ツイてない」
…じつにワガママですよね。
世の中、思うように行かないことが「普通」ですから、
”運の良い人たち”は、まずそれ前提で、生きています。
そんな中でも、彼らは、
「次は少しでも結果を良くしよう」と、あらゆることから
学ぶのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良い人の定義 3)
「自分は運が良い」と信じている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運の良さの、本質にして、真髄。
結局、これが結論となります。
これ以上に、運を良くするマインドセットは他にありません。
「私は運が良い」と言っている人、周りに一人や二人はい
ますよね?
その人をよく観察してみてください。
言っている通り、明らかに”幸運”が相次いでいるはずです。
と言っても、その人は生まれて今まで、ずっと良いこと
だけが起きてきたわけではないでしょう。
過去に起きた、あれやこれや。。。
良いことも悪いことも、すべて含めて、自分を”肯定”できる
強さを秘めた人。
その人こそが、本当に幸運な人です。
「あのとき私に起きた、あの出来事。
あれがあったから、今の私がいるんだ」
と、すべてを受け入れて、肯定的に自分の人生を捉えられる
人のことです。
「幸せになるんだ」
「自分の人生に責任を持つんだ」
という強い意思を感じられます。
だからこそ、今起きていることも、これから起きることも
その意思の強さで、「必要なことだったんだな」と、転換
できる強さを持てるのです。
こういう人には、”覚悟”、つまり
「人生を良くしよう」という、前向きな決意があります。
「自分は運が良い」と言うのは、根拠など必要ありません。
そう”決める”だけです。
そう思い込む強さが必要だ、ということです。
いかがでしたでしょうか。
”運の良い人たち”というのは、ある意味、
「自分は幸運な人生を送るんだ」と、腹をくくった人たち
だと、言えるでしょう。
<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・運の良い人は、自分が思っている以上に自分を
高く評価してくれる人に巡り合う
・「次はもっと良くなろう」と、あらゆること
から学ぼうとする
・「自分は運が良い」と信じている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
われわれは、
自分に良くしてくれる人に会うよりも、
自分がよくしてやっている人に会うほうが
好きである。

引用元:「運が良い」って何だ?