昨日は父の日。
「父の日だからどこか外で食べようよ!」
とは、家内の弁。
「そうやなぁ、じゃあ段取りするよ。」
とは、小生の弁。
・・・
いつも段取りは私の役目なのでね![]()
(お父さんいつもありがとう)
メールは、うれしかったです。
なんせ単純だからね。
さて、昨夜みんなで食事に行った某料理屋さんで、
『家内』という言葉づかいについて、
二女からこんなことを・・・
「おとうさん、『家内』っていう言葉は差別用語になるんやって。
先生が言ってた。だから使わんほうがええで。
おとうさん、お母さんのことブログに書いたりするときに、
家内って使ってるし。」と。
私は、「誰が言ったのそんなこと?」と聞くと、
「家庭科の先生」と。
そのへんのところを良く聞いてみると、
家内ってのは妻・奥さんのことで、
「家の内(中)」に入るのは男女平等の現代にそぐわないから・・・ということらしい。
「家内」と呼ぶ男性の心の中に、
女性蔑視の思いがあるとは、到底思えませんが。
それよりも、そう呼ぶことで、むしろ親しみ・愛情を感じたりするのは私だけでしょうか。
(若い教員が、そういうことを高校で教えているのか・・・)と思うと、
正直、背筋がゾクゾクっとしました。
(今の教員はどんな教え方をしているのか!)
やりきれない気持ちでいっぱいでした。
日本語には、それぞれの深い意味があり、
歴史的な背景とあいまって造られている。
そういう大切な事を、今の教育では教えてないのでしょうか?
学校はもちろん、会社や諸団体、社会にはたくさんの組織があります。
その中で、教育、すなわち人を育てることほど価値あることはないのです。
オーパスの澤田オーナーがブログで、
『観てあげること』の重要性を語られていました。
今でも熱心に『観てるくれる先生』は、結構いらっしゃいます。
が、「えっ」と思われる先生に『観てもらう』ことって、
正直、恐いです![]()
世界のTOYOTAがエリート養成のための独自の教育機関を発足し、
この春から第1期生が入学したと聞きました。
現状の教育システムに満足しているのなら、
こういうこともないのでしょう![]()
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