以前はそうでもなかったように思うのですが、インディーズ系のチベット仏教系グループの活動が盛んになるのに伴って最近では、日本のチベット仏教業界でも 《
《 放生会 》 というのは、日本の仏教の伝統において詳細には 《 放生慈濟会 》 とも言って、 《 放生 》 という儀式を行う法要の事を言い、その際の 《 放生 》 という のは人間に捕縛された生き物、主には魚や鳥などを対象としてそれらに対して仏法を説いて法縁を結んだ後にそれらを池や川、野に放ってその命を救う事を儀式の形式を借りて行う事の謂であります。
もともとは 『 金光明最勝王経 』 という仏教経典の 「 長者子流水品 第 25 」 において語られるお釈迦さまの前世譚を出典として、
まあ、小乗仏教国の東南アジアなどでも鳥を使った放生等が盛んに行なわれているらしいことなどに鑑みるならば、大乗経典である 『 金光明最勝王経 』 が唯一の典拠というわけでもないだろう事は容易に想像がつくことではありますが。
いずれにしろ、そんなこんなの 《 放生会 》 なるものがチベッタンなスタイルにおいて、なにやら今年 ( 2012 年 ) 二月の中旬から三月初旬にかけて、とあるチベット仏教系のグループがチベット人ラマ様を日本に招聘されてチベット仏教の講習会を各地で開催された際にその講座の一環として東京都の片隅で実施されたようなのであります ( 私は参加していない為に未確認ではありますが・・・ ) 。
そのとあるチベット仏教系のグループというのはLama :bla ma bzod pa rin po che ) とおっしゃられるチベット人ラマが世界中に展開している F P M T ( 大乗仏教保存財団 ) と呼ばれるグループの日本支部として 1990 年に本邦において設立されたらしい
:mdo sngags zung 'jug ) と呼ばれるグループで、何やらこの団体では “ 英語でチベット仏教を学ぶ ” 事を団是としているのか ( 今は削除されたものか見当たらないようですが、一時はそんな文言が H P 上に掲載されていたのを見た記憶があります ) 、チベット仏教を学ぶ割にはチベット語よりも英語が重視されていて、そこにその指導者の ( ズレた ) 戦略眼のようなものを垣間見る事ができるのかとも思います。
ただ、チベット語よりも英語を重視している為に、時に可笑しなことも起きるもので、今ではそのグループ名の 《 Do Ngak Sung Juk 》 という英文字表記の名称に 《 ドガクスンジュク 》 というカタカナを当てているものの、このグループではその活動初期の当初から相当の長い期間にわたって 《 ドナガクサンジュク 》 などというワケの分からないカタカナ名称を使用していたりもしていたもので、その辺りは非キリスト教徒である辺地の異民族を蛮族扱いどころか非人間扱いする白人キリスト教徒の本性を言外に露見せしめているようで微苦笑したものでもあります。
ちなみに、当該グループを指導するチベット人ラマのお名前も日本では 2012 年 3 月時点で確認したところでは、 《 ZOPA 》 というローマ字表記を英語 ( 的 ) 読みにして 《 ゾパ 》 と表記しているようではあるものの、海外の最新のブログ・エントリーにおいてはチベット語をそれなりには意識した 《 Soepa 》 という表記も見られるようになってきつつあるようでもあります ( → Lama Soepa: Self-Immolation as an Offering of Light とかをご参照下さい。ちなみに、 《 Soepa 》 の 《 oe 》 というのは 《 ö 》 という発音をウムラウト記号を使わずにすませられるようにする手抜きのために工夫した表記法で別に 《 オエ 》 と発音するわけではありません ) 。
ただ上の ( ) 内にリンクしたブログにおいても、 ( 上のエントリーよりは古いものの ) かなり最近の記事である 「 Lama Zopa Rinpoche Encourages Sur Practice 」 というエントリーではまだ “ Zopa ” という表記が使用されているようですので、 “ Soepa ” というチベット語の標準発音 ( とは何かというややこしい問題はさておくとした上で一応そのように思われているもの ) に準拠した表記への切り替えはまだ同団体内においても新しい潮流、もしくは意識ある一部の改革者の独断に基づくものなのかもしれず、今後どういう方向に落ち着くものかは未だに経過観察の段階なのではあるのでしょう ( そもそも地域や話者によって発音の著しく異なるものと常の如くに但し書きされているチベット語において、こちらのラマご自身がご自分の名前をどのように発音しているのかを私は確認してはいませんが・・・ ) 。
いずれにしろ細かいことが気になる私の悪い癖のせいで話が逸れてしまいましたが、今回のエントリーのテーマはチベット仏教式の 《 放生会 》 イベントのお話で、それがドナガクサンジュクさん、ではなくでドガクスンジュクさんの主催で実施されたようだという事で、ネットを流していてその告知を見つけた際に一度見学、・・・、ではなくて参加してみたいものだな、などと思っていた、というお話なワケであります。
ところが、残念なことに同グループの H P 上には “ 放生会は町田市境川。集合場所が決定後お知らせします ” ( → ここ ) などと記載されていただけで、 ( 放生会以外のイベントの開催場所は全て H P 上に公表されていたにも関わらず放生会に関してのみは ) 儀式当日になってもその集合場所が H P 上に発表される事はなく、結局それが実際に開催されたのかどうかも部外者のネット・ウォッチャーには曖昧なまま、というのはまことに残念なことなのではありますが、もしかしたら何やら秘密の儀式として実施されたのかもしれません。
お布施は参加の有無に関わらず振込みのみで受け付けていましたので、あるいは……、などと思っていたそんな今日この頃な日々を送りつつ、それでも懲りずに最近またまたネットをチェックしていたら、なんでもその後に第二回目が実施されていたらしい上に今度はそれらに引き続いて第三回目の放生会が実施されるらしい、という告知を見つけてしまいました ( こちら ) 。
“ ドガクスンジュクは、この吉祥期間に三回目となる放生会を実行します。今回ラマは いらっしゃいませんが、会員の自主的修行として、まちだ中央公民館第7会議室に祭壇を設え、FPMTのテキストの和訳に従い読経・真言念誦・加持水寫水・回向をして境川にドジョウを放してやろうと思います。 ”
との事らしく、いきなりなんの説明もなく “ この吉祥期間に ” とブチかましてくれているところなどがいかにもこの団体らしくアレな感じがしなくもないわけなのではありますが、会場が町田ということで東京都心部の新宿から私鉄急行で 40 分かそこらでいけるところでもあり、これはぜひ行って功徳の一つでも積んでこようか…、などと思いかけたのも束の間で、よくよくドナガク・サンジュクさん、ではなくてドガク・スンジュクさんのホームページを読んでみるとそこには “ FPMTのテキストの和訳に従い読経 ” という恐ろしい一文があるではありませんか

まぁ、残念な事に今回も私は遠くネットの向こうにその遠景を眺めるのみとなってしまいますのでその詳細はともかくとして、同グループでは 《 八斎戒 》 の伝授とその実践などという伝統的な仏教に通底する儀式の実践なども勧めているようではありますので、宗教的なものにアレルギーのない方にはお勧めかもしれないな、と思ってちょっとエントリーしてみた次第なわけなのではあります。
が、ただ、ここって、昔から主宰者というか責任者がコロコロと変わって責任の所在がはっきりしないところがあったりもしていたりするところ、であったりもしているんですよね。
それが玉に
いずれにしても、一般の所謂セミナー慣れしているような方にはお勧めしませんし、特に寺尾玲子さんのネトワ事件に執着しているようなタイプの方にとっては論外 ( あの程度の対応にハラを立てるようではとても付き合えないような対応がデフォ ) ではありましょうが、それでも、こちら方面にご興味をお持ちのマニアの方やチベッタン ( というのは、 「 仕切りの杜撰な 」 という意味ですが w 、いずれにしろそん ) なイベントに対しても耐性のあるような方に対してならば ( って、こちらのイベントの仕切りが杜撰かどうかは承知していませんが ) 、今後こちらの展開されるイベントは要注目ではあるかもしれません。