先日ネットで遊んでいる最中にある漫画家さんのブログに行き当たり、その際にその中のあるエントリーで、神奈川県横浜市 ( JR 桜木町駅から徒歩 8 分 ) の神奈川県立歴史博物館で 《 天狗 》 をテーマにした 『 天狗推参! 』 という特別展が開催されているのを偶然に知り、しかも、その開催期間が 2010 年 10 月 31 日までという事で展示終了まで時間がなかったので、とるものもとりあえず早速に横浜へと行ってきました。

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神奈川県立歴史博物館 特別展
『 天狗推参! 』
開館時間
09:30 - 17:00
( 入館は 16:30まで )
金曜日
09:30 - 20:00
( 入館は 19:30 まで )
休館日 月曜日 ( 10 月 11 日は開館 )
会 場 神奈川県立歴史博物館
特別展示室
観覧料 大人 \ 800-
( 20 名以上の団体は 100 円引 )
 20 歳未満・学生 \ 500-
( 20 名以上の団体は 100 円引 )
 65 歳以上・高校生 \ 100-
( 団体の場合も同一料金 )
備考 中学生以下・障がい者手帳所持者は無料

 この 『 天狗推参! 』 という特別展が開催されている神奈川県立歴史博物館という場所は、オカルト・マニアの間ではいわゆる 《 心霊スポット 》 としても知られている場所で、かつてはかの山本まゆりさんの 《 寺尾玲子 》 さんシリーズでも少し触れられていたことがあったような気がしなくもないのです ( この辺の記憶はあいまいではあります・・・ ) が、まぁ、天狗展の開催期間中は天狗のパワーに押されて雑多な霊如きは悪さをすることもないでしょう。


 一般に 《 天狗 》 なる存在は、ある意味において日本特有のあやかしと言うこともできるのではないかとも思われ、現代の私たちが 《 天狗 》 と聞いてすぐに頭に思い浮かべる姿は、高くて長い鼻の 《 大天狗 ( 鼻高天狗 ) 》 か鳥のような嘴をしている 《 小天狗 ( 烏天狗 ) 》 という形に類型化されて整理されたものになってしまっているのではないかとも思われますが、そのようなイメージは比較的に後代になってから定着してきたイメージのようでもあって、日本に天狗が渡来した当初からこのような類型化された姿が定まっていたわけでもないようではあります。


 日本に渡来する以前の china におけるもともとの天狗とは、明確な姿を持つことのない存在で、流星隕石などの事を呼んでいたのでありますが、日本に初めて天狗が渡来した際に、僧みんによって従来の流星と天狗とが明確に峻別されるという状況が本朝ではあり、これが後代にいたって日本独自の天狗像形成の契機になったものかとも思われます。


 ただ、いずれにしろ、当初の天狗というものが、明確な姿を持つことのない存在で、怪音を発する流星や隕石などの事を指して呼んでいたという出自の関係から、それが後の世に至っても俗に言われる 《 天狗倒し 》 や 《 天狗笑い 》 などという形で天狗の属性として反映されるとともに、日本密教の伝統においては、稲妻や雷の音を意味している 《 霹靂 》 のサンスクリット語 《 nirghāta 》 の音写語である 《 涅伽多ねぎゃた 》 として天狗を規定しているところなどにも反映されていて、基本的に天狗の本質は 《 姿を見せずに大きな音を発するもの 》 として理解されていたもののようではあります。


 それがいつの頃からか、現代見られるような大天狗や烏天狗のような特徴的な図像表現をとるようになっていったようなのでもありますが、その歴史的な変遷や成立過程についてはそれぞれの分野の専門家の方の考察に任せることにして、特別展では単純にその展示作品を鑑賞させていただけば良いのかな、と思います。


 神奈川県立歴史博物館では、一階の特別室における特別展と、二階以上の階における常設展とがあるのですが、今回は時間の関係もあって特別展である 『 天狗推参 ! 』 に絞って拝観させていただきました。


 主要な展示スペースは入口のウエルカム・コーナー ( 私の勝手な命名ですが ) と連絡通路を別にして大きく五つのコーナーから構成されています ( 休憩用のイスなどが設置してある連絡通路にも 《 天狗煙草 》 なるものの販促看板が展示されていたりもしていましたが・・・ ) 。


 まずは入口のウェルカム・コーナーで、茨城県の大杉神社の 《 両天狗面絵馬 》 という鼻高天狗と烏天狗の巨大な面を仲良く二つ並べて絵馬に誂えたオブジェ、ではなくて天狗絵馬によって、現在の私たちが天狗という言葉から自然と思い描くことになる標準的な天狗のイメージを提示した上で、最初のコーナー展示において日本における文献上の天狗の初出となる 『 日本書記 』 をはじめとした様々な文献によって天狗の元来の意味を説明し、それらが中世期の日本において様々な尊格と習合しながら日本的に独自な発展をしていく過程を、絵巻物や天狗面、関連する様々な尊格の図像などの展示によって示しつつ、それらの最終的な帰結として、現在の私たちがイメージする天狗像が形成されるまでを示すような展示が展開されています。


 個人的に特に面白かったのは、二つ目のコーナーで、こちらでは 《 マニア 》 の間で何かと話題の的となることも多い晨孤王曼荼羅のタンカというか掛け軸や、荼吉尼天曼荼羅に厨子入り荼吉尼天像などの展示、あるいは 『 別尊雑記 』 や 『 覚禅抄 』 などという公式で定番的なものから行者さんが実際に使っていたものらしい野狐放秘法だの飯綱頓早成就法のお次第などいうプライベートなものまで含めての密教の秘伝書的な文献類などの展示がありました。


 その他にも、愛宕曼荼羅や鞍馬山曼荼羅、あるいは高尾山薬王院さんの飯綱大権現三十六童子像の三幅セットなどなど、美術的にも見ごたえのあるものが目白押しで展示されています。


ドワンのブログ@アメーバ-天狗推参
図録 『 天狗推参 ! 』


 ミュージアム・ショップでは今回の特別展で展示された様々な作品の写真とキャプションや天狗に関する簡潔な論考を収めた図録が、今ならなんとたったの \ 1,200 円でお求めいただけるという事であります ( まぁ、今でなくても、在庫がある間はいつでも \1,200 円でお買い求めいただけるだろうとは思いますが・・・ ) 。


 そんなこんなで、芸術の秋の出だしを日本を代表する伝統的なあやかしとも言うべき天狗の展覧会で満喫した一日を過ごさせていただいたのでありますが、ちなみに、今回の展示では特にテーマとされてはいなかったものの、俗に天狗の世界には 《 八 ( 大 ) 天狗 》 なるメジャーどころの天狗ユニットが知られていて、そのライン・ナップは以下のようなものになっているようであります。


名称
在所
プロフィール
愛宕山
太郎坊
京都府
愛宕山
3000 年前に仏の命によって、伊弉冉尊いざなみのみことなどを祀る愛宕神社を守護する任に就いている、とされています。
比良山
次郎坊
滋賀県
比良山
元来は比叡山に住して、愛宕山太郎坊と並び称されるほどの大物天狗であったとされるものの、比叡山に最澄がやってきてから延暦寺系の天台僧侶に押されて比良山に移住した、とされています。
飯綱三郎 長野県
飯綱山
《 飯綱の法 》 を修行する行者などが修行を積んだ地として知られる飯綱山の天狗になります。日本全土が凶作に襲われ庶民が苦しんでいた際に、 《 天狗の麦飯 》 と呼ばれる飯綱山頂に無限にある砂を、日本全国を飛びまわって配ってその事によって多くの庶民の命を救った、とも言われているそうです。
鞍馬山
僧正坊
京都府
鞍馬山
牛若丸が修行時代をすごした京都北方の鞍馬の山に住む天狗で、俗に鞍馬天狗として知られ、その正体は和気清麻呂の子孫で真如上人の弟壱演僧正ではないか、とされてもいるそうです。
大山
伯耆ほうき
神奈川県
大山
元は伯耆大山ほうきだいせん ( 鳥取県 ) の天狗であったのですが、相模大山に住していた相模坊が四国の白峯に異動になった為に、相模坊の後任として移住してきた、とされていて、富士講の人たちに信仰されたと言われています。
彦山
豊前坊
福岡県
英彦山
天津日子あまつひこ忍骨命おしほねのみことが天下ったものとされ、役行者がこの山で修行した時にそれを祝福して出現したとされています。
大峯
前鬼坊
奈良県
大峯山
役行者に従って奥さんの後鬼とともに山野を歩き回って、役行者の身の回りの世話や様々な雑用などを務めたとされています。
白峯
相模坊
香川県
( 讃岐 )
白峯
かの崇徳上皇が讃岐の国で憤死した際に、崇徳上皇の怨念を慰撫する為に相模大山から白峯に移って来たとされています。

 さらには、この八大天狗の上に役の行者の天狗名である法起坊さんとおっしゃられる方が別格として数えられることもあるようでありますし、上の八大天狗ほどメジャーなユニットではないものの、日本五大天狗として下のような方々が数えられることもあるそうであります。

  1. 大峰山の前鬼
  2. 鞍馬山の僧正坊
  3. 白峰山の相模坊
  4. 五剣山の中将坊
  5. 象頭山の金剛坊

 はじめにも触れたように、本朝に渡来する以前における元来の天狗は流星や隕石などとして認識されていたものなのですが、本朝に渡来後は様々な経緯を経て後世には、天狗は知識が豊富で仏法にすぐれているので地獄・餓鬼・畜生といった三悪道や修羅道に堕ちることはないものの、道心無きが故に天道にも上れないものとして、日本独自の 《 天狗道 》 なる新概念が創案されるようになり、天狗はこの第七の天狗道に堕ちて輪廻から見放されてしまった者であるとされるようにもなっていきました( 最近は小さいお子さんもネットに出入りしているみたいなので念の為に補足しておくと、天狗道と言っても別に天狗としてのあり方を極めるとかそんな意味ではありませんから、ね、良い子の皆さんは馬鹿な勘違いはしないでね ) 。


 チベット仏教的には天狗は天か餓鬼道に属しているように思えなくもないのではありますが、中には不動明王と習合した飯綱大権現のような例もあったりして、なかなかに一筋縄では量り知る事が出来ないもののようであったりもするようではあります。


 また、玄人筋のマニアの方の中には、 「 天狗は怖い 」 ものとされる方もおられるようなのではありますが、その辺りの感覚については、素人にはなかなかピンと来ませんね。


 最後に、時に 48 大天狗などと呼ばれる事もある全国各地の 48 体の天狗のお名前を羅列して祈願している俗に 『 天狗経 』 と呼ばれる天狗のお経がありますので、それをご紹介してみます。


『 天狗経 』

「 南無大天狗小天狗十二天狗有摩那天狗数万騎天狗、先づ大天狗には、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、鞍馬山僧正坊、比叡山法性坊、横川覚海坊、富士山陀羅尼坊、日光山東光坊、羽黒山金光坊、妙義山日光坊、常陸筑波法印坊、彦山豊前坊、大原住吉剣坊、越中立山縄乗坊、天岩船檀特坊、奈良大久杉坂 ( 杉山 ) 坊、熊野大峰菊丈坊、吉野皆杉小桜坊、那智滝本前鬼坊、高野山高林坊、新田山佐徳坊、鬼界ヶ島伽藍坊、板遠山頓鈍坊、宰府高桓高林坊、長門普明鬼宿坊、都度 ( 津度 ) 沖普賢坊、黒眷属金比羅坊、日向尾畑 ( 尾股 ) 新蔵坊、医王 ( ヶ ) 島光徳坊、紫黄山利久坊 ( 紫尾山利久坊 ) 、伯耆大山清光坊、石鎚山法起坊、如意ヶ岳薬師坊、天満山三尺 ( 三満 ) 坊、厳島三鬼坊、白髪山高積坊、秋葉山三尺坊、高雄 ( 山 ) 内供奉、飯綱三郎 ( 坊 ) 、上野 ( 山 ) 妙義坊、肥後 ( 国 ) 阿闍梨坊、葛城 ( 山 ) 高天坊、白峰相模坊、高良山筑後坊、象頭山金剛坊、笠置山大僧正、妙高山足立坊、御嶽山六石坊、浅間ヶ岳金平坊、総じて十二万五千五百所々の天狗来臨影向、悪魔退散・諸願成就、悉地円満・随念擁護、怨敵降伏・一切成就の加持、おん・あろまや・てんぐ・すまんき・そわか、おん・ひらひらけん、ひらけんのう・そわか」


 私自身はふだんこの 『 天狗経 』 を唱える習慣はない為、そのご利益のほどは分からないものの、結構有名なお経ではありますので、何かの折りには役に立つこともあるかもしれないとも思います。


 さて、最後に話を特別展の 『 天狗推参 ! 』 に戻すと、もうすでに会期終了間近なのではありますが、今週末にはギリギリで間に合いますので、今週末の土・日にはちょっと横浜まで足を伸ばして、天狗の拝観とシャレてみては如何でしょうか ( 台風の状況が少し心配ですが・・・ ) 。


 ボランティア ( 学芸員さん ? ) による展示作品の解説の時間もありますので、ご興味のある方は事前に H P などで時間を確認されてから行かれると良いかも知れません。


 今回はピン・ポイントで天狗展のみ行ってきたのですが、もう少し時間的に余裕のある時にまた訪ねてみたいと考えています。