「 どうやら現代日本はすさまじい変化、いや崩壊の時代に入ったらしい。何十年、いや何百年に一度という大変な時代がきたといってもいいようだ。 」
「 われわれは隣国、旧ソ連の崩壊を他人事のように見てきたが、まったく同じことがこの日本でも起こらないという保証はないのだ。 」
上の文章はまさに今の日本に当てはまるかのようにも思えますが、実はこれは今から 13 年も前に出版されたある本の著者あとがきにある一文の引用です。
その今の日本の社会状況の出現をまさに予言したかのような一文の記された今から 13 年前に出版された本がこちら・・・。

高藤聡一郎 『 仙道未来予知 察気の法 』
( 1997 年 / 学研 )
この本の著者の高藤さんという方は前世紀に老舗オカルト雑誌の 『 ムー 』 という雑誌で立て続けに仙道関係の記事を執筆するとともに多くの著作も発表し、多くのフォロワーを生み出してカリスマ仙人として知られている人物で、斯界でその名を知らぬ人はいないほどの方です。
『 察気の法 』 は高藤さんの一連の仙道シリーズの最後を飾るものであり、仙道の細かいテクニック的な面に関しては一部を除いて特に目新しいものはないのですが、その仙道を実践する個人と社会との関わりという視点に関しては今でも、というよりもむしろ今こそより切実な意味を持っているような気もします。
著者の高藤さんによる上のあとがきは次のように続いています。
「 その責任は、今の日本を支えている人々、政治家とか高級官僚 、財界人、とりわけ経験豊かな ( ? ) 年寄りたちの無策、社会を支える人たちの無気力、政治離れにあるように思うが、どうもそれだけではない。 」
「 私の思うところ、この国の気の隆盛期が完全にすぎたのである。 」
「 つまり、日本の国全体の気の衰退期なのだ。人が無策、無気力なのは、衰退した気を受けているせいである。 」
これは恐ろしい告白のような気がします。
これは実は高藤さん本人が同書で解説してくれた < 察気の法 > を用いて実際にご自身が得ていた結論なのではないでしょうか。
実は今から 13 年も前に、すでに日本の気の隆盛期はすぎてしまっていて、日本はすでに衰退の道を歩み始めていたという事です。
バブル崩壊後の失われた 10 年 ( 今ではもうハッキリと失われた 20 年と言われるようになってきているようですが、その 10 年 ) の後に数字上の好景気が続いたにも関わらずその富は国民に還元されることがないままに食いつぶされていき ( 多くの大手上場企業が史上最高益を上げながらも国民の給与所得額が反比例的に下降していったというのは今ではよく知られている事実です ) 、国民が基礎体力をつける前にリーマン・ショックで再び奈落の底を味わいつつある今の日本の現状は、すでにその国運が尽き、経世済民の力を日本が失ってしまっているからこそなのでしょう。
こんな時代に、こんな日本を元気づけるために懐かしい曲を You Tube から探してきました。
DA PUMP - We can't stop the music
日本自体の国運はすでに尽き、国力もすでに衰退に向かっているのでしょうが、そんな中にあっても個人のレベルでは 「 おそらく一部の人々は信じられないような業績をあげたり、膨大な富を手にするだろう。 」 と高藤さんも予言しています。
そんな個人技的な成功者の一人が 2005 年 12 月 8 日に日本を震撼させた < ジェイコム株大量誤発注事件 > でハゲタカどもの目の前でおよそ 20 億もの巨額の利益を一瞬にして手中のものとした < ジェイコム・ボーイ ( マスコミでの通称はジェイコム男 ) > なのでしょう。
高藤さんは 『 察気の法 』 で仙道察気術を気と兆候と情報と発想という四つにまとめています。
ジェイコム・ボーイの未曾有の成功はこの内のまさに兆候と情報の賜物ということができるように思います。
ただ、高藤さんはそのような成功も所詮は 「 大多数の没落によるひと握りの仇花にすぎない。 」 と嘆じておられます。
もちろん高藤さんは、それでもなお大多数の没落する側になるのではなく、そのような状況に果敢にチャレンジすべきことを勧めてはおられたのですが・・・。
あれから 13 年が経って 『 察気の法 』 を世に出した高藤仙人もすでに透明都市に姿をくらまし、一部からは失踪したとまで言われています。
経済力も技術力も国民の学力も何もかもが地に堕ち、豊さをも失ってしまったこの日本に、何ものかを賭け、何ごとかを夢見ることは果たして可能なのでしょうか?
浜田省吾 J.BOY
守るべき誇りを見失ってからはすでに久しく、そんな中でも経済的な豊かさだけがかろうじてこの国を支えていたというのに・・・。
でも、本当なら、日本にはまだまだ豊かさがあるんですよね。
渡り鳥よろしく天下り組織を渡り歩いて一人で何億もの国民の血税を転がし吸い上げていく天下り官僚たちを粛清し、役人と結託して何億もの生活保護を一人で受給しているような犯罪者に渡っているお金を、それを本当に必要としながらも生活保護の受給に必要な申請用紙を渡されることさえなく餓死していったような人の手に渡す意志さえあれば、まだ日本にも隘路以外の道が見えてくるはずです。
この国にはまだ富そのものは死蔵されているわけです。
要はその富の蛇口を握っている連中の心が腐り切ってしまっているからどんどんと負のスパイラルに堕ちいっていくわけですね。
でも、心が腐り切ってしまっていてはどうしようもありません。
仏教の世界では次のような言葉が知られています。
自分が過去にどんな行いをしてきたかを知りたければ、今の自分の姿を見ればそれを知る事ができる。
そして、自分が将来どうなるかを知りたければ、いまの自分の心を見ればそれを知る事ができる、と。
心が腐り切ってしまっていては、もうどうしようも無いわけです。
どうやら今の私たちはとっても素敵な世界をリアルに生きているみたいですね。