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飯田橋ガジェット研究室

改題しました。ガジェット (gadget) とは一般に道具、装置、仕掛けのこと。 本来は原寸大の模型やラジコン、エレクトロニクスデバイスを使って、First Person Viewを実現するブログです。

1978年7月の「ラジオの製作」には夢のようなシンセサイザーキットが掲載されている。
大阪の会社「伸光」が扱った「Adonis」シリーズだ。

シンコー全体

最初からケースを含む完全キットで、そのケースの完成度が素晴らしい。
完成品をそのまま商品として売り出しても良いのでは?と思える出来栄え。
キーボードも別売りながらちゃんと用意されていて、本体ケースとの組み合わせで3つのグレードのシンセサイザーを自作できるようになっている。
今だったら絶対購入したと思うのだが、高校生だった当時の僕には高嶺の花でした。

シンコー上

さらに「ラジオの製作」1978年11月号には、秋葉原の九十九電機の広告に「パックスミュージックシンセサイザー」という、キットなのか完成品なのか良くわからない商品が紹介されている。
九十九電機の店頭などでデモしていたのだろうか? 
シンコーのキットと合わせて今でも買いたい、触ってみたいと思わせる魅力的な商品だ。

追記
その後、コメント欄にお寄せいただいた情報などを元に、パックスについてネットで調べてみた情報。

パックスとはPAX ELECTRONICAのこと。広告のモジュールはLOG CARDシリーズといい、キットではなく完成品として販売されたらしい。
PAX ELECTRONICAは日本のガレージファクトリーで西新宿にあった。
その商品のPax SynthesizerにはCVコントロールが  Linear(直線) か Log (対数)かをスイッチ切り替えられる機能があったらしい。
かつてはイシバシ楽器などに展示されていたことがある。

パックス

ラ製197811

ウェーブキット製「マイクロウェーブシンセサイザー」は、地方の高校生の僕ですら夢中になって購入したぐらいだから、相当売れたようで次々とバージョンがあがっていった.。

1978年、その決定版が縦型モジュール風のケースを伴って発売された。
入手しにくかったキーボードの提供も始まったが、この「ラジオの製作」1978年7月号の広告では値段が空白なので本当に売られたのかどうか不明だ。

広告には「シンセサイザーモジュールキット」という、格安のモジュール別のキットも紹介されており、全種類のモジュールを合わせたキットが1万9800円というもの。
これは今でも買いたい!という人が多いのではないだろうか。

ウェーブ縦型

「ラジオの製作」1978年11月号の広告では新製品「マイクロウェーブ グランドシンセサイザーキット」が発売されている。
フルセットで1万3800円という大変魅力的なキットだが、残念ながら現物を見たことはない。

グランドシンセ

マイクロウェーブシンセサイザーは2014年の今でも魅力を失っていない。
志のある方が復刻版のキットを作ったら、きっと売れるに違いない。
「初歩のラジオ」1977年1月号から連載された、山下春生さんの「ミュージック・シンセサイザーの回路から製作,徹底ガイド」は、本格的なモジュラー型シンセサイザーの記事として、現在でも熱心な読者から支持されている。これについては後に別項で残すとして、同じ77年に発売された画期的なシンセサイザーキットの数々について、当時の広告を元に記録しておく。

資料は手元にある電波新聞社刊「ラジオの製作」と誠文堂新光社刊「初歩のラジオ」。そろいではなくばらばらなので、正確さは期待しないでほしい。

まず「ラジオの製作」1977年3月号。ご存知、ウェーブキットの広告。これが手元にある最初期のもの。本文に「今、話題のシンセサイザーキットがついに登場しました」とある。扱いは東京ラジオデパートB1Fにあった秋葉原エレクトリックパーツというお店。

当時、高校2年生で山下春生さんの「ミュージック・シンセサイザーの回路から製作,徹底ガイド」に影響を受けて、シンセサイザーの自作に挑戦しようと画策しつつも、資金不足と受験の迫る状況ではと躊躇していたところに、いきなり自作の最短距離が示されたという感じだった。

ボードで1万円を切る価格、VRとスイッチセットを足しても15000円そこそこという魅力的な価格に購入を決断。通販で入手した。

さっそくボードのみのバラックでくみ上げてみた。すると僥倖なことに問題なく作動。うたい文句どおりにシンセサイザーとしてちゃんと機能したのである。問題はキーボードだったが、ベニヤ板とグラスウールの基板を組み合わせてそれらしいものを作り上げた。演奏すると鍵盤をたたくたびにカタカタと大きな音がして、まぁ、まともな実用には耐えないものでした。

その3ヵ月後の広告。「ラジオの製作」1977年6月号に平型のケースに収められた「マイクロウェーブシンセサイザー」が発売されている。写真は1977年9月号。基板はウェーブキットと同じものだが、ケースには簡易キーボードまで備わっている。ケースの製作を躊躇していた僕には、ケースだけでも売ってくれないかと思案したものです。

9月号の写真では「高性能はしご型VCF&LFOキット」という改造パーツや、木製ケースを含む付属品キットまで売っている。

これは1977年6月号の若松通商の広告。

この項、続きます。





ここに誠文堂新光社刊「初歩のラジオ」1973年5月号106ページの記事がある。
著者は福田修さん。
「モーグ・サウンド」って知ってるかい?
という書き出しから始まる記事は、当時のシンセサイザーをめぐる状況を俯瞰していて興味深い。

オーサム1

冨田勲さんがモジュラー式のモーグ・シンセサイザー「モーグIII-P」を個人輸入したのが1971年秋頃。デビュー・アルバム『月の光』が発売されたのが1974年9月だから、ちょうどその間の出来事だ。

当時、中学1年だった僕にとって、この記事は衝撃的だった。すでにシンセサイザーというものがこの世にあることは承知していたが、それが自分で作ることができるとは!
ほとんどテキストだけの記事の最後に、トランジスタ2石の発振回路が掲載されていた。

オーサム2

これはシンセサイザーじゃないよ!と、中学1年の知識ながらも突っ込みたくなったが、ある意味、コロンブスの卵で、発振回路を並べたら和音の出る電子楽器が出来るというのは、わかっちゃいてもそれまで誰もやらなかったのです。

それに記事の柱の文句がぐっと来た!
「来月号は「モーグ」の製作です。お楽しみに!」
なにぃー!!「モーグ」を作るだとーぅ!!!

それから僕は熱に浮かされたように、トランジスタ2石の発振回路をバラックで組んで、悦に入っていたのでした。

この後の記事が残念ながら手元にない。
たしか鍵盤を自作する記事があったと思うのだが、中学生にはそのハードルが高すぎて、結局ここで断念した。

そんなシンセサイザー自作の熱が再燃するのは、同じく「初歩のラジオ」1977年1月号から連載された、山下春生さんの「ミュージック・シンセサイザーの回路から製作,徹底ガイド」からである。

模型好きにとって模型店という場所は至福の空間だ。しかし近年、日本中から模型店が消えつつある。かわりに大型家電店などのおもちゃ売り場にプラモが並び、ラジコンでは車や飛行機を中心に大量仕入れして価格を下げているチェーン店が台頭している。

そして現在の主流はなんといってもネット通販。国内、海外を問わず商品が入手できる。

それらはそれらで便利なのだが、やはり、あの模型店の店頭で現物を前に買うかどうか悩むのが楽しいのだ。せっかくの海外旅行、フリーな時間を利用してご当地の模型店を訪ねてみては?

オランダ第2の都市、ロッテルダムにある「Meijer & Blessing」。

http://www.meijerenblessing.nl/Shop/Home.html

近年、日本ではめっきり減ってきた街の模型店。
まずは店頭ディスプレイから。

店頭2タミヤや各国のプラモが

店頭3海洋国オランダだけに船の模型も多い店頭4鉄道模型のアイテムも豊富

店頭A店頭ヨット

今、船の模型に凝っているので、その写真が多めです。

 そして店内。特に船のコーナー。

店内1店内2

店内3店内4

船の横船の下の棚

船のサービス品帆船

AFVのプラモも豊富

 店頭5店頭7

店頭8店頭6

スチームエンジンのディスプレイモデルも豊富でした。
ラジコンの船に搭載するよりも、エンジンそのものを楽しむもののようです。

スチーム1スチーム2

スチーム3スチーム4
写真はありませんが、本当は鉄道模型がこのお店の中心です。ラジコンにはあまり力を入れていません。

今回購入したスペインのオークレー社の木製モデルキット、タグボートの「ウリセス」です。

ウリセス2
http://www.occre.com/index.php?option=com_productos&task=showProduct&idproducto=31

価格は230ユーロ、日本円で29,900円(1ユーロ=130円)。値段は船の模型に限って調べてみましたが、日本国内の輸入通販ショップ、たとえばエイヤードと比べて、平均1程度安かったです。日本の価格+送料と、オランダの価格+持って帰る手間を比べると、正直微妙です。というか、改めてエイヤードさんの価格設定が良心的だと感じました。特にビリングボート社の製品は、日本で買う価格とほぼ変わりませんでした。

しかしまぁ、ヨーロッパで買う、苦労して持って帰るという行為が思い出であり、価値だとも思うのですね。