久しぶりのてんちょブログです。
久しぶりでいきなり、なんなんですが、
実は、今月でRカフェとRラボの活動を休止することになりました。
長きに渡って応援してくださったみなさま、ありがとうございました!
これが、オープニングイベント時の、懐かしチラシ。
まだ残ってました。レアですねぇ~。
このチラシ、まだ病院勤務してて、夜中当直している時に、
こっそり作ったなぁ(笑)
Rラボは僕にとって、Rカフェから派生した一表現形態なので、思いは一緒です。
なので、Rカフェのことを書きますね。
Rカフェの「R」とは、
「R」= Retreat & Recovery.
日常生活や人間生活から一旦脱出してきて、自然な自分に戻る時間を持って、本来の自分を復興していくこと。
その中で何をするかという方法論に関する一貫した理念はなくて、「場」「箱」「枠組み」を作って、特定の価値観や思想や哲学は持ち込まない。
例えばこのセラピーはおかしいとか、医学的に間違っているとか、こうすれば絶対間違いないから、という階層を作らない。
誰もが自分の価値観を大事にして、そのどれもが並列で。
合うもの同士が出会い、合わなければ選ばなければよい、
そんな出会いの場を提供するのが目的。
クライアントとセラピストが出会う。
クライアント同士が、出会う。
セラピスト同士が、出会う。
様々な代替療法やセラピーと出会う。
自分に合った書籍や癒やしグッズに出会う。
何か知識や情報に出会う。
ハプニングに出会う、イベントに出会う。
そういう場所だから、Rカフェが何をする場所か、どんな場所かは、
人によって全く違うし、自分で見つけられていたようでした。
一人ひとりの中に、Rカフェがあって。
この前、Rカフェ(Rラボ)が、「病んだものにしかわからない、こころのよりどころ」だった、
と、すごく素敵なことを言ってくださった方がいました。
その「よりどころ」という支えは、その人が見つけた、その人の中に存在しているものなのだと思います。
では、僕にとっての、Rカフェとはなんだったのか。
僕にとっては、精神科医になって、こころの探求を突き詰めたいと思っていたのに、大学病院や精神医学にはほとんどその答えがなくて。
さっさと医学以外にその答えを探しに、心理療法や自然療法やセラピーやヒーリングや、学べるもの、体験できるものは、片っ端から探求してきた。
しかし、結局はどこか外側にある真理や真実を探求しても、答えがあるのではなかった。
一人ひとりが自分という種の花を咲かすこと以外にはない、と思った。
ということは、支援者にできることは、いろんな植物が育つ、雑多で豊富な土壌を作ることしかない。
そんな多国籍なカオスを提供することだった。
そんな場所を作りたかった。
これが、10年くらい前から構想していた、Rの元になるプロジェクトだった。
そう思う人は、たくさんいる。
共感してくれる人、応援してくれる人は、たくさんいた。
でも、実際やった人は、僕の周りにはいなかった。
僕にとっても、答えはよそを探求することではなく、自分が芽を出すことのみ。
自分が創る。
自分が創る。
それが僕にとってのRカフェです。
そこには始まりも終わりもないし、何かを成し遂げることでもない。
実験、実践を繰り返す毎日があるだけ。
たどり着けない、たどり着かない、でも歩き続ける一つのビジョン。
とはいえ、この5年で体験したことは、
今までの人生では体験したこともない、ほとんど奇跡のようなことばかり。
信じられないようなたくさんの出会いもあり、そして悲しい別れもありました。
もう、いろんな事がありすぎて、語り尽くせない。
もはやRカフェ伝説と言っていいでしょう。
そんな活動を休止するのは、やっぱりさみしく感じています。
嬉しいこと、悲しいこと、そんなフルコース。
全部ひっくるめて、僕の人生の中で、Rカフェを体験できて、よかった。
Rカフェに関わっていただいたみなさん、出会ってくれたみなさま、
それぞれの想いでRカフェを体験していると思います。
あなたにとって、Rカフェとは、なんだったのでしょうかー