あー、二日連続です。
溜まってるんですねー。いろいろと・・・///
冗談はさておきまして、
「何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!」
えー、幼児向けアニメ曲の一節とは思えないほど、心を抉ってくる歌詞です。
答えられない人は沢山いるでしょうね… 私もはっきりと答えることはできません。
しかし、一つ仮説を立てるとすれば、「正義」がなければ「目的」は生まれないのではないでしょうか。
つまり、何を正しいとするか、という絶対的指標を見つけることが、
「何の為に生まれたか」を定義する事になり、そのための行動を取る根拠が生まれると思うのです。
この指標は千差万別でしょう。当然です。
例えば私の場合は、「That others may live」という言葉を挙げることがあります。
これは空自救難団のモットーで「他を生かす為に生きる」という意味であります。
それぞれこういったものはお持ちかと思いますが、
大切なのは、「出発点=終着点になっていないか」ということではないでしょうか。
自分本位に、安楽ばかり求めていては、自分の為に自分が行動するだけになり、
周りの人間は蚊帳の外ですし、自分ができること以上の事は自分には返ってきません。
逆に、他人に奉仕するばかりで、自己を過小評価してしまって、
もらえるものすら遠慮してしまうのも、あまりいい結果は望めません。
「他人と自分の為」という目線を持って初めて、人間同士の意思疎通が生まれ、
自分にはできないことを人にしてもらったり、人にできないことを自分がしてあげたり、
といった相互扶助の形が生まれるのです。
誰かを自分より大切に思う気持ちこそが、自分を大切にすることに繋がるのです。
まさに「情けは人の為ならず」という事です。
冒頭の一節に戻りますが、
私は「何かを愛す為に生まれ、何かを守るために生きる」
のだと思います。それが何かなのは、今は分かりませんが。
さて、今日はさっくりとこの辺で。