2018春休み活動報告【後編】 | 大分県バス文化保存会 代表ブログ

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生まれたばかりの私は、
母に抱かれ、特急バスに揺られ
この町にやって来ました。

山と海、一面と続く松林…
幼い私の唯一の楽しみは、
街からやってくる
特急バスを眺めることでした。

昭和52年 陸の孤島国東
ここから全てが始まりました。

5月1日(火曜日)

さて、長崎作戦の翌日は県内
今回は予定でギッシリです。

流石に前日の疲れで、午後からの約束にしました。Yさんがフルで付き合ってくれて、本当に助かります。



ところが・・・私の家の付近まで来たところで、お仕事で某組織から緊急連絡が入ったそうで、急遽臼杵へ急行することに!休日の緊急呼び出しというやつです。事案かたずけて再度来てくれる事に・・・

いゃ~ホントお疲れ様です。
16時過ぎに再度意地で来てくれました。
もうなんというか・・・
いつか宝くじ当たったらホーバー買ってあげますので!!(笑)




ということで
ある場所へ出発!

名刺は持ったと・・・」
「車は目立たない場所へ止めよう」

初訪問なので緊張が走ります。
目的地に着くと周辺を観察して、

「こんにちは~!突然伺いまして申し訳ございません。わたくし・・・」



家の中に取り込まれたバス。
外からは絶対にわかりません。
場所も詳細経緯もお教え出来ません!
ただご挨拶だけさせて頂きました。

と言いますのも、廃車のバスというのは、ある日突然解体されてしまいます。

本気で残したい!!と思うなら、
ただ眺めてるだけではダメなんです!!

オーナー様に覚えて頂き、万一の場合連絡していただく方法しかないのです。

但し当然ですが、突然連絡があった場合、搬出引き取りの対応が費用面も含め即対応出来なければいけません。

当然色んな意味で勇気がいります。

私は以前それをためらった為
大切な思い出のあるバスを助けることが出来ませんでした。




「どうして早く言ってくれなかったの~!ワシらも本当は残したかった!でもみんな何をどうしたらいいか分からんから・・・」

これが現実なのです。

壊されたものは二度と帰ってきません。
人間と一緒です!

二度とこんな思いをしたくない。
だから動いてます。



オーナー様
「わかりました!壊しはしません!その時が来たら連絡致します!ただ・・・一生このままだと思いますよ~家壊さないと出せないからね~(笑)」

私「ハハハ~そうですよね!いゃ~大変失礼致しました。是非一生大切されて下さいね・・・(笑)」

このバスは当面安全です。

オーナー様が連絡先を知っているのと知らないのは大きな違いです。

それだけでも本日は大きな収穫でした。
今後も地道に動きたいと思います。

注意

本件は他の物件と違い、家の中にあります。当然不用意に訪問すると迷惑が掛かりますし、接触方法を誤るとトラブルになる可能性があります。よって我々も今後はもう訪問しません。

多くのオーナー様や御家族の方々は特にバスに興味がある訳ではありません。至って普通の方々です。特にマニアに理解がある訳でもありません。

詳細経緯はお話し出来ませんが、我々は今回はマニアとしては訪問していません。

ご存知の方もそうでない方もその点ご理解願います。






5月2日(水曜日)

この日は雨でした。
お昼に重機屋の社長さんとF623引き上げ作戦の打ち合わせということで、お約束頂いてますので県北地区へ。

この日は流石のY君も仕事でしたが、偶然近くに来る用事があるということで、なんとわざわざお昼休み名目で合流してくれました。

2時間程の打ち合わせ
多少リスクがあるので心配していましたが・・・

「他の運転手は嫌がるだろうから俺が行ってやるよ!」

社長にやる気になって頂き、無事段取り打ち合わせ終了!

だんだん作戦が現実のものとなってきました。



その日の夜は大分市内でタクシー会社のフォロワーさんと会食のお約束だったので、県北より大分市内へ移動。

わざわざ個室を予約頂いてまして、
ありがとうございました。




楽しい夜でした。
またお会いしましょう!




5月3日(木曜日)

この日は、当保存メンバーの西鉄Eさんと中津で会食です。Y会長がまたまた迎えに来てくれました。




Eさんは私がこの活動を始める前からのお友達であり、保存1号車(RC300P)を紹介頂いた方で、我が保存会主力メンバーです。

今ちょっと体調を崩してまして、入院中で心配しております。早く元気になって下さいね!

夢の共演↓


Eさんとお別れし、その後はY君と県北~国東半島を定番のパトロール。




西鉄バスの廃車体

「これは~厳しいですな~」
「もう一度作り替えですよ!」
「2000万コースですな~www」

ついついレストア前提に
妄想してしまいます。




私の父は、国東半島が「国東蜜柑」産地として賑わっていた全盛期の昭和41年国東鉄道線廃止の翌日、その研究者として国東へ就任致しました。

「昔、廃車のバスなんか、みかん園にゴロゴロ転がっていた!」

その言葉を頼りに
未だに探し続けております。

確かに昔は結構あったんです!
私が小学生時代は国東半島内に確認しただけで10台以上転がっていました。



(↑かなり昔に撤去済み)

現在はいずれも残っていません。
もう少し早く動いておけば・・・

まぁ・・・この趣味のあるある
後の祭りってやつです。

最近では多くの草ヒロファン達も捜索していますが「もう無い!」との結論に至ってます。

ただ我々が見えているのは所詮車から見える道路沿いだけです。

必ずどこかで生きていると信じ今後も探し続けます。





これで、全ての行程が終了しました。

約1週間、自宅送迎も含めフルでお付き合い頂きました、同主力メンバーでホーバー継承の会Y君!

貴方のお陰でこれだけの活動が出来ています。1週間本当にありがとうございました!!m(_ _)m

今後もよろしくね!♪




5月4日(金曜日)

5、6は飛行機が高いので、早めに帰ります。あっという間の1週間でした。

見ての通り(笑)、この趣味はハイリスクでとにかく大変ですが、この趣味を通じてホント沢山の人と出会うことが出来ました。

この趣味が無ければ、これだけの方々と出会うことは到底不可能な訳で・・・
こればかりはホント誇りに思います。




帰りは親父に空港まで送って貰いましたが、家の前に住んでる鹿の親子(野生)がお見送りしてくれました。(笑)

最終便の飛行機で
あっという間に東京へワープ



また日常が始まります。

これで春休み終了!!
お付き合いありがとうございました。
またね~♪♪