長崎バスジャック事件!34年目の謎 | 大分県バス文化保存会 代表ブログ

大分県バス文化保存会 代表ブログ

 
生まれたばかりの私は、
母に抱かれ、特急バスに揺られ
この町にやって来ました。

山と海、一面と続く松林…
幼い私の唯一の楽しみは、
街からやってくる
特急バスを眺めることでした。

昭和52年 陸の孤島国東
ここから全てが始まりました。

秘密指令本部-2011062004020000.jpg

1977年[昭和52年]10月15日
長崎市内で路線バスが「阿蘇連合赤軍」を名乗る男2名により乗っ取られた。乗員乗客を人質にガソリンスタンドに乗り付けたバスに立て籠り、翌16日午前4時25分警官隊が一斉射撃の上、強行突入を実施、犯人1名は射殺もう1名は逮捕された。人質に怪我はなく全員無事救出された。

秘密指令本部-2011062004030000.jpg

秘密指令本部-2011062004160000.jpg

さて、今更何を言いたいのかと言いますと・・・平成の今頃になって34年間、誰もあまり追及しない事が無性に気になってしまいまして、当時の映像と手持ちのデータ、地元のバスファンの方にも情報提供を頂き調べてみました。






【バスのナンバー】
佐世保22か・344

【所有者】
西肥自動車

【バス社内コード】
F623

【バスの所属】
平戸口営業所

【バスの行き先】
平戸発佐世保・大村経由長崎駅前行き特急(現・廃止)

【当日の運行ダイヤ】
(平戸口A特急)
平戸口8:42発
佐世保駅前10:00
長崎駅前12:25着予定

【バスの型式】
三菱ふそうMP517M
(映像から察するに)
B8もしくはMR系と思われがちですが、後継車種のMP517Mと判明致しました。

【バスの製造年月日】
昭和52年式

【被災バスのその後】
※情報提供頂きました。
①事件に有ったバスは確かに事件後走っているのを見ました。平戸口~長崎、博多、佐世保への特急バスで走ってました。

②後に再登録され「長崎22か2178」ナンバーに変更され所属営業所も変更されて、平成一桁代まで活躍しました。

晩年は大村営業所に転属して余生を送り、平成7年に廃車引退しました。






以上となります。情報提供下さった方々、ありがとうございました。

いゃ~このバス
当時バリバリの新車だったんですね!

バスはバスジャック当日、大村のバスターミナルには停車したが諫早は通過したとの当時のニュース情報から、大村~諫早間で被害に会ったものと思われます。

ちなみにこのバスは燃料切れでスタンドに入り、従業員が通報、そのまま警察に包囲されました。

飛び込んだガソリンスタンドは終点の長崎駅前のすぐ先で西肥バスの長崎営業所へ向かう所との事です。(八千代町)

現在のバスは満タンで1000キロ以上軽く走りますが、当時のバスは燃料タンクに制限があり燃費も悪く、現在のバス程走れないようです。よって長距離路線ですので平戸で給油していても燃料切れは必然だったようです。

事件の後、被害に会ったF623号車は突入の際窓ガラスが叩き割られ、銃弾で蜂の巣状態になってしまった上、車内で犯人が射殺されてしまいました。通常であれば当然廃車かと思われがちですが、運悪く当時納車されたてのバリバリの新車だった為、その後修理され普通に通常運用に戻り走り続けて、他のバスと同等に普通に寿命を全うしたそうです。

・・・バス1台2~3000万もするので無理ないでしょうね!しかも当時自慢のデラックス車両です。西肥バスさんはとんでもない迷惑を被った訳です。

ちなみに
バスのフロントガラスは1枚100万レベル、あと側面のガラス数枚と~壁のピストルの穴で修理に数百万レベルで掛かった筈です。 下手すればもっと・・・直したのであれば誰が出したのでしょうね?

ちなみに
「射殺された犯人は西海市方向の出身だった筈、被災車両に当日乗務されていた運転手さんは確か鹿町の方だった」
との情報を地元の方から伺いました。

この事件は戦後、犯人を射殺することで解決した事件の2例目となりました。日本の警察はこれらの事件をきっかけにSATの設立を急いだと言われております。






【最後に・・・】
あれから34年以上の時が流れました。
時代も価値観も変わりました。

私も九州の田舎町の出身です。あの当時は高速道路も皆無の時代、街に出るのも一苦労でした。郊外の田舎の子供達は、普段は乗れない特急バスによそ行きの服を着て家族で乗り、街に出掛けるのが最高の贅沢でした。

事件に会ったバスは早朝便、しかも新車の特急バスです。乗り合わせた子供達はさぞかし胸を踊らせていたことでしょう。

この事件は、そんな特急バスを恐怖のドン底に突き落とした事件だったと言うことです。

当時近県で、同じような特急バスにワクワクしながら家族で乗り、バスファンとなり現在旅客事業に従事している1人の人間として、このような事件が二度と繰り返されない事を祈らんばかりです。

どうか
楽しいバスの旅を戦場にしないでほしい!
子供達の笑顔を奪わないでほしい!

そう願ってやみません。

秘密指令本部-2011062004170000.jpg