大分県バス文化保存会 代表ブログ

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生まれたばかりの私は、
母に抱かれ、特急バスに揺られ
この町にやって来ました。

山と海、一面と続く松林…
幼い私の唯一の楽しみは、
街からやってくる
特急バスを眺めることでした。

昭和52年 陸の孤島国東
ここから全てが始まりました。

時は今から40数年前の今日…
昭和56~57年頃の1月3日

 私は両親に連れられ帰省先から国東へ帰る途中、大分駅前から空港特急の新車に乗せてもらえるのでワクワクしていた。ところが大分駅前は長蛇の列、聞けば別大国道の事故渋滞でエアライナーが大分に戻って来ないとのことで駅前はパニック状態。係員が走り回り、ようやく戻ってきたエアライナーに着発で乗客を押し込む。やっと乗れるかと思いきや私の前で満席制止、数分後係員がスピーカーで叫ぶ「空港行到着です!」なんと現れたのは国東特急の最終便。どうやら空港特急を待つより在来の特急に乗せたほうが早いという判断だったようだ。 新車に乗る筈が、最古参の乗り飽きたMAR470に押し込まれ猛烈に凹んでしまう。「お待たせしました。国東行特急バスです!」聞き飽きた車内放送と大音量のエンジン音、ふて腐れた私は起きていると酔いそうなので現実逃避で寝てしまった。

 どのくらい寝ただろうか?バスの暖房が暑すぎてふと目を覚ます、どうやらバスは杵築市駅を出て守江を通過中。夜のバスの車内、別府くらいまで賑やかだったので、車内があまりにも静かなので不安になって周囲を見渡す。満席の乗客の大半は、正月の疲れと灯油暖房の暑さにやられ気持ち良さそうに寝静まっていた。通路網棚は荷物だらけ、今みたいなお洒落なアタッシュケースなど皆無の時代、トキハや国東ワカメの大袋に不細工に詰め込まれた荷物で溢れ返っていた。

 ふと、外が妙に明るいことに気が付く。窓の外は一面雪景色。国東地方は前日大雪だったらしく降り積もった雪が月明かりに照らされ白く浮かび上がっていた。窓の隙間から入る冷気が気持ちいい。 静かな夜の車内に時折雪の塊を跳ね上げる「バーン」という音と豪快に響き渡るエンジン音。寝静まった乗客と対称に、運転士は路線バスで許される限界に挑戦していた。乗っている乗客の大半は飛行機の時間があり定刻より遅れている。当時最古参、昭和40年式三菱ふそうMAR470の老体に鞭を打ち、闇夜を切り裂き豪快に疾走する国東特急!あの日の国東特急の姿が、私のバス好き人生の原点なのかもしれません。




遠いあの日をAIを駆使して再現してみました。