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転妻よしこの道楽日記

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(『春の雪』といえば、まずは三島由紀夫だが(^_^;、
季語としては、「春雪」「春吹雪」「雪の果(はて)」などと
この時期の雪については美しい言葉があるのだなと、調べて知った。)


一昨日だったか、村の神社の界隈は雪が積もったが、
きょうは東京が積雪で大変なことになっているようだ。
3月後半なのに!と娘がLINEで言っていたが、
私が小学生だった頃、春分の日の、村の神社の春祭では、
よく、ぼたん雪が降っていた記憶がある。
勿論、春らしい温かい陽射しに恵まれた祭の記憶もあるので、
いろいろな年があったということだろうが、
3月下旬に雪が降ること自体は、私の昔の感覚では、
そんなに珍しいことではなかった。

この時期になると、飽くまでも春の雪なので、
もう1月や2月のような凍てつく冷たさはなくて、
肌に感じる寒さは緩めだし、降る雪も水っぽく、積もってもすぐに解ける。
ただし、部分的に残ったりすると、ガジガジの氷になったりもする。
晴れ間が出れば、すぐに温かくなるので、
小学生の頃の私も、ぼたん雪の日でも真冬のコートはもう着ていなくて、
ニットのストールなどを羽織っていたものだった。

雨や雪になったり、気温が下がったりした御蔭で、
ここ数日は私の花粉症はすっかり良くなっているのだが、
明日は、まさにその思い出多い春分の日で、村の神社の祭があるから、
晴れたら1日じゅう外作業になり、私の鼻炎も復活するだろう(汗)。
山の中なので目にも鼻にも相当来るに違いない。

なお、ここで言う「祭」とは「神事」のことだ。
明日は、神楽も夜店も、神輿も餅撒きもない。
神社に関しては、集まってイベントをやるのが「祭」ではない。
社殿で祭典をやるのを「祭」と言う。
我々は明日、総代を中心に集まって、社殿を清掃し、お供え物をして、
神主さんを迎え、皆で祭典に参列し、玉串を捧げて拝礼する。

そのあと、総代会をやって神社の護持運営について話し合い、
夕方からは仕出し弁当を取って「反省会」をやることになっている。
正月の打ち上げもやっていないので、年度末の今やるのだ。
宴会のほうが、一般的な感覚では「祭」的なものかもしれない。
もちろん日本酒やビールも出る。
感染症が各種流行っていて、私は個人的にはキショク良くはないのだが、
弁当を持ち帰りたい人はそれもOKで、各自で判断することになっている。
私も、その場の雰囲気や様子を見つつ、適当に……(^_^;。
海外旅行からの「持ち帰り麻疹」が各地で報道されている。
感染予防の決定版は、ワクチン接種だ。
日本では、麻疹ワクチンは1966年から任意接種として導入され、
1978年10月以降は定期接種となった。
以下の統計にもある通り、
特に1979年以後、麻疹での死亡数が激減している。

<資料>麻疹が死因として報告された死亡数、1950~1999(昭和25~平成11)年
(厚労省 人口動態統計)

ワクチンによる集団免疫は、接種率が95%を切ると厳しくなってくる。
コロナ禍で外出自粛が続いた間に、乳幼児全般、ワクチン接種率が落ちたし、
また1歳以降の定期接種が2回実施されるようになったのは2000年以降であり、
幼少時に定期接種1回のみだった世代のフォローアップは万全とまでは言えず、
こうした「麻疹ワクチン2回接種」を完了できていない層から、
感染が拡大して行く可能性が高まっている。

もっと以前、1966年より前に生まれた世代は、ワクチンがなかったので、
全くの未接種である割合が高いが、この時代は麻疹に皆が罹り、
その中で死なず、後遺症もなかった者が成人して現在に至っているので、
およそ50代より上は、既感染者が大半だろう。
私もこのグループに属する。
小学校2年生だったので、どれほどキツい病気だったか覚えている。

罹患した者は終生免疫が得られることになっており、
実際、寝ついた私の看病を3週間つきっきりで続けた母と祖父母は、
当時、誰ひとり全く発病しなかった。
ただ、麻疹ワクチンが普及して市中の麻疹患者が激減してからは、
抗体を獲得している者が新たなウイルスに触れるブーストの機会が
昔に較べてかなり減っていると思われるので、
鉄壁の終生免疫が維持されているのかどうかについては、
私はやや懐疑的である(汗)。

麻疹既感染者やワクチン2回完了した者も、時に麻疹に感染することがあり、
免疫不全でなければ、修飾麻疹といって明らかに軽い状態で経過する。
ゆえに今回の流行も、一定年齢以上の者や、ワクチン接種済みの人から、
新たな感染者が今後出る可能性も無くはないが、主な問題は彼らではなく、
こうした人たちから感染させられるワクチン未接種者のほうになる。
修飾麻疹は感染力も弱めと言われてはいるが、数値的なことは判然としていない。

ワクチン接種年齢に達していない1歳未満の子供が最も危険なので
罹患歴や接種歴がはっきりしていない周囲の学童や大人は、
可能な限り、この機会に麻疹ワクチンを接種するべきだろう。
しかしこれがまた、需要が急激に高まると、定期接種用のワクチンまでも
枯渇する可能性があるので、定期接種外で用心のため自費で打つ場合は、
渡航ワクチンを扱っているクリニックで輸入ワクチンを選択するのが最善だ。

ワクチンなどという不自然なものは要らない・罹って免疫を得るのが正しい、
という意見に私は与しないが、
罹患して寝込むほうを選択するのも各自の勝手なので、
傍からどうこう言えるものではないし、私が看病するのでもない。
身近に麻疹患者が出ることで免疫ブーストが得られれば、
ワクチン接種者や既感染者にとっては利益が無いこともない。
しかし麻疹ほど感染力が強く、重症化しやすく、後遺症も深刻なものは、
仮に「私や家族は予防接種してあるから大丈夫」であっても、
あちこちで好きに罹る人が増えれば、乳幼児の死者も出かねないし、
社会全体の公衆衛生という観点からはマイナスが大きくなる。

マスク着用は、ユニバーサルマスクというレベルまで行けば意味もあるが、
麻疹ウイルスがばらまかれると、乾燥した状態で空気中を漂うので、
感染者側がノーマスクで、罹りたくない人だけが不織布マスクをつけている、
という程度では、大きな効果は期待できない。
麻疹ウイルスは同じ部屋にいた者には確実に感染するが、
空気中では2時間で失活するので、徹底的な換気は一定の効果が見込める。
最近は、若い医師は麻疹患者を診察したことのない人が多いし、
発疹より先に現れるコプリック斑など見逃すケースがある。
また、そもそも麻疹の最初期は、症状だけではほかの感染症との区別はできない。
市中感染のフェーズになったら、どこにでも麻疹ウイルスは居ると覚悟すべきだ。
14日15日と続けて神社に出たが、今日明日は休みだ。
2回行って、2回休み。双六じゃないが。
天気が崩れたタイミングで、出かけなくてよくなりシアワセだった。
今朝は安堵のあまり、8時まで寝坊した。
あの遠い神社まで今日は行かなくていい、
というだけで心身が解放されて9時間睡眠。最高だった。
いきなり隠居は無理でも、最低限こういう感じで、
数日出たら数日休み、みたいなペースに、まずは、ならんもんだろうか。
折しも総代長が、年齢を理由に、そろそろ引退したい意向だそうで、
だったら私も一緒にフェードアウト、……は、やはり怒られるか。


花粉症が始まったようだ
12日~14日のあたりの気温が上がった数日間に、
俄に鼻炎と目の痒みを感じ、今年も花粉症が来たなとわかった。
それで昨日は、神社仕事の帰りに、馴染みの耳鼻咽喉科に行って、
鼻処置を受け、内服としてアレグラとシングレア、
それに点鼻スプレーのナゾネックスを処方して貰った。
私の場合、例年、目の痒みは我慢のできないようなものではなく、
期間中にほんの何日か感じるだけなので、飲み薬でほぼ対処可能だ。
しかし、今年は花粉が多いらしいので、
もしかすると、そう簡単には済まないかもしれない(汗)。
昨日からは雨で気温も下がったので、格段にラクになったが、
本格的に温かくなるこのあとのほうが、いよいよ本番か。
連休前くらいまで頑張らないといけないかも……。

ペルシャ絨毯展
その耳鼻咽喉科に行く前に、昨日は、クリニックの近くでやっていた、
ペルシャ絨毯展を覗いて、目の保養をした。
売り場の方のお話によると、ペルシャ絨毯に関心のある人というのは、
最初は正統派のタブリーズやクム、ナインなどに心惹かれるが、
最終的には洗練されたイスファハンに行き着くのだそうである。
私などは、見ただけではペルシャ絨毯の産地まで区別できないが、
「こういう趣向のは、1枚目として買う系ではないだろうよな~~」
と敬遠するような品は、タグを見ると大抵、イスファハンであった。
……見る目だけは、できてきていることがわかった(爆)。
我が家の敷物も、かつてのポリプロピレンからコットン或いはウールに、
そして一部のものは、横糸にシルクが入っているところまで進化した。
いつの日か、運命の一枚、みたいなイスファハンに出会えたならば、
……と自分に都合の良い夢を見たり・見なかったり(笑)が現状だが、
実のところ中国緞通と同様に、イランでも織り子さんが減少し続けていて、
ペルシャ絨毯は近い将来、ビンテージが主流になるという見通しだそうだ。
そういう意味では、清水の舞台から飛び降りる気持ちに、
もしもいつか、なったとしても、もう全く手の出せない、
別世界の品ばかりになっているかもしれないのよねぇ……。
どこの国でも、伝統工芸は後継者が居ないのだった。

きょうは、まる一日お休み(^^)。
自分への祝いに(笑)、フリージアの花束を買った。
良い香り~~♪

いやホント、休日があるって、自由時間があるって、
本当に本当にめでたいことだ。
去年の秋以降、今年の節分祭までのシンドさを思うと、
今月はあり得ないほどシアワセだ。
1年じゅう、これくらいのペースだったら機嫌よくやれるのに。

先日、叔母上と従妹から母宛にいただいた花も、
部分的に枯れたり傷んだりしたところがでてきたので、
少々間引いて、生け直した。


私が家にいるようになって、各部屋、よく片付いて来たし、
あちこち、行き届いて来て嬉しく思っている。
今年は、いよいよピアノを処分しようかと検討中だ。
自宅マンションと、実家と、両方にYAMAHAのアップライトがあって、
どちらも現状、私が弾くことは無さそうなので、
楽器も可哀想な気がするし、場所塞ぎだしで(汗)、潮時かなと。
以前は毎日ピアノを弾いていたのだが、
今はもう、何をしていてもいつ神社用スマホが鳴り出すかわからないので、
音の出る系の趣味は、電話を取り損なう恐怖が募って集中できなくなった。

完全隠居して趣味に生きる(笑)ようになったら、
スマホの電源を切ったままにしておくことも私の自由だし、
多分、ピアノを再開するだろうと思うのだが、
そのような良い御身分になれたなら、
楽器もまた、改めて購入すれば良いのではなかろうか。
専門家ではないし、弾きたいのは主にツェルニー40番なので(爆)
中古で値段とサイズの折り合うものを、そのとき探せば良いと思っている。
なんかこう、まじない的な意味でも、今ここでピアノを処分すれば、
「こんなに早くまたピアノが弾けるようになるなら、置いとけばよかった!」
と後悔するような、イイ展開に、なるんじゃないかと思ったり……(殴)。
相続に関してお世話になっている某税理士事務所から、
先日、追加の資料請求があった。
それは、母の、某銀行の、一昨年より前の記載のある通帳。
最後に使っていた通帳は既に事務所宛に送付してあったのだが、
これがあまりにも直近の出入金記録しかない最新版だったので、
「相続開始7年前」まで遡ることができなかったのだった(汗)。
以前は、贈与税の有無の確認は相続開始前3年以内となっていたのだが、
令和5年度の改訂で7年以内まで延長、というか拡大されたのだ。

元々大した金額は入っていない口座だったし、
追跡されても何も出て来ないとは思うのだが……。
あ、いや、ホーム入所以降、私のタクシー代を母に出させたことは
結構、何回かあったよな(汗)。
母の某薬局の薬代と某歯医者の支払と携帯電話代金は、
基本的に私の通帳から出していたので、相殺されて欲しいもんだ。

そんなことより困ったのは、贈与云々以前にまず、
肝心の通帳が見当たらないことだった。
私の微かな記憶では、かつて母はこの口座の通帳を自分で加工していて、
以前の通帳の裏表紙と、そのとき使っていた通帳の表紙を外して、
ホッチキスとセロテープで綴じて、2冊を合体させていた。
多分、以前の記録を参照しやすいように編集したのだろうが、
年寄りって無敵ですね(汗)。
母が某有料老人ホームに入る前には、既に合体は完了していたから、
私がこの有様を初めて知ったのが7~8年前?

その形状ではATMに入らないので、私は以後ずっとこの通帳を放置し、
2年前だったか、窓口に行って、新しい通帳に更新して貰った。
それで、最後の通帳はマトモだったのだが、
取引記録がほとんどない、真っ新に近い状態だった。
私はその通帳と、残高証明とを税理士事務所に送ったのだった。
はてさて、母が勝手にこしらえていた、あの古い通帳は何処に。
通帳の更新に出向いたのは私だった筈だから、
自宅マンションのどこかに残っていないとおかしいように思うが、
母に返したんだったっけ??全く何も思い出せない。

私は、自分の貴重な持ち時間を探し物で空費することは止め、
きょうの午後、その銀行の本店に出かけて、
かくかくしかじか、平成30年の最初から一昨年の某月某日までの
母の口座の取引履歴証明書を出して貰えませんかと尋ねた。
必要なものは、相続情報一覧図と私の印鑑証明、私の実印、
それに私の運転免許証で、その場で銀行所定の用紙に記入すれば、
1週間前後で、相続人である私の自宅に出入金記録が送付される、
ということがわかった。
見当を付けて持参した書類その他で合っていたので、
申込手続はその場ですぐ終わった。
手数料は、これで一件と数えるので550円であった。

……なるほど、相続手続のことを考えたら、
自分の通帳は、常に7年分は、なくしてはいけないのだな。
まあ、私自身が被相続人になるとしても、
私は主人にも娘にも、金などやってないので(爆)大丈夫だけど。
午後から半休だったので、2か月ぶりに英会話に行った。
私は、月に一度~数ヶ月に一度くらいしかスクールに現れないが、
特にやめるとも言わず、長年在籍している生徒である。
英会話スクールは、通常ならばレッスンは少なくとも週1回、
ある程度本気で上達を望むなら週2回は受けるべきで、
私のような受講頻度では、会話力など向上しないことは明らかだ。

しかし、私は満足しているのだ。
現状、英語に関して具体的な目標は持っていないので、
言うなればボケ防止のためにスクールに在籍している。
講師によるカウンセリングが数ヶ月に一度くらいあって、
その都度、学習の短期長期目標や目的を確認されるのだが、
私は最近は正直に、「頭のトレーニング(to stay sharp)」と答えている。

外国語で、相手の話を捉えてテンポ良く答えようと頑張ったり、
自分の意見をなるべく正しい構文で言おうと努めることで、
脳の、普段使っていない箇所が刺激される気がしている。
読み書きより会話のほうが、スピードを要求されるので、
いっそう負荷が掛かって、私にとっては頭の訓練になる感じがする。

徒歩で行ったので、行き帰り+買い物等で、
この外出だけで7000歩くらい歩けたのも、気分が良かった。
頭と体をトレーニングした(笑)。
暑くなく寒くなく、良い季節にさしかかってきたのを感じて、
シアワセだった。
時間が自由になって、そのときしようと思うことができるって、
この世の最高の幸福のひとつだね(^^)。
きょうも午前中、昼寝というか二度寝をした。
出張に出かける主人を朝5時台に送り出したあと、
眠かったので10時頃に布団に戻り、そのまま昼1時半まで爆睡した。
なんという幸せ。昨日から、堰を切ったように眠れている。最高だ。

とにかく今はひたすらに「無」になりたい。
この2日間、全く外へ出ていないし、
(主人以外とは)誰とも会話もしていない。
長い長い間、必要としていたものが、この「無」という状態だった。
時間さえ貰えるなら、何もしない・人に会わない・話をしない生活を、
むこう何ヶ月かくらい、余裕でやれるだろう。
そんなの、当然、許されないけど(^_^;。
きょうは昨今ないほど大休息した一日だった(笑)。
朝寝坊して8時頃起きたが、昼過ぎに何か眠くなってきて、
午後1時半から4時前までお昼寝。極楽であった。

明るい時間にこれだけ眠ったのは、
多分去年の8月下旬にコロナ罹患したとき以来だ。
12月後半から2月初旬まで続いた年末年始労働が終わり、
時間をかけてここまで心身がほどけてきた、という実感があった。
何しろ、数ヶ月かけて溜めに溜めた疲れだったからね……。

ころもん氏が仕事でパソコンを占領していたのもあって、
お昼寝前後&夕食後は、お布団でごろごろしながら、
年末に買ったままだった『平田玉蘊 ―尾道に生きた女性画家―
(小室千鶴子(著) 郁朋社)を読了。
実に良い日であった。

こういうときに限って、夜も眠いので、これからまた寝る(^_^;。
税金関連
母の、某社の介護費用保険の件
えらいこと手数がかかったが決着がつき、入金もあったので、
昨日、預金や保険など相続関連資料の一切合切を、
ようやく、レターパックライトで某税理士事務所に送った。
相続税の話になるかどうか、これからである(^_^;。
ちなみに、主人と私のそれぞれの確定申告は無事に終わった。
このあとは、舅宅と、うちの実家の、
各々の売却が順調に完了すれば、我々は更に身軽になれる。
……売った年は、さすがに税金を払わねばならないが(汗)。


ゆうちょ口座が なぜか2つ
私の、ゆうちょ銀行の普通預金口座が2つあることが判明し、
そのうちの1つはもう長い間、全く使っていないものだったので、
きょう、昼に最寄り郵便局に行って、口座解約の手続をしてきた。
必要なものは、通帳、カード、運転免許証、通帳印であった。
残高は310円(笑)。

これで、私の取引口座は3つの金融機関に1つずつ、となった。
すべて普通預金で、キャッシュカードも揃っているし、
暗証番号も銀行印も自分で把握できている。
近い将来、さらに絞って2つだけにして、
1つは、各種引き落とし口座&御財布がわり、
もう1つは、年金振込先&老人ホーム関係支払口座、
というふうに使い分けようと思っている(^_^;。
貯金に励まないと、勿論、使い分けも何もあったもんではないが。

ともあれ、本人が窓口まで出かけて手続できるうちに整頓しておかないと、
こういうのは家族にとって大変な負担になるということを
私は両親に関する数々の経験で学んだ。
幸い、現在はまだ、ちゃんと歩けて自分の能力で物事を決定できるので、
老いる前に、家族が見て即わかるくらいシンプルにしておきたい。
本人が窓口に行けなくなったら、最悪、預金は活かせなくなる可能性がある


運転経歴証明書が欲しい
今年の3月24日(月)から、マイナンバーカードと運転免許証の
一体化が始まる。
私は運転しないので、免許はもういつ自主返納しても構わないのだが、
もしかして今後は、運転経歴証明書もマイナンバーカードになるのか?
と疑問に思い調べてみたら、
それも可能だが、別々にしてそれぞれ持っていても良いとわかった。

マイナンバーカードと運転免許証の一体化について(警察庁)

私は、写真付きIDに関しては、たった1枚に機能が集約されると、
そのカードを紛失したら何もかも一度に失うことになるのが不安で、
できれば身分証明書は複数、持っていたいと思っている(汗)。
これまで、運転免許証を某バス停付近で落とし
セゾンカードを某路線バスの中に置き忘れ
そごうミレニアムカードを福屋八丁堀店に置いて来た実績があるのだ。
私はきっといつか、マイナンバーカードを街中のどこかでなくす。
トシを取れば取るほど衰えるから、その可能性は更に高くなるだろう。
現時点では、マイナンバーカードは厳重に仕舞ってあり、
普段は運転免許証のほうを、主な身分証明に使っている。
運転経歴証明書になっても同様の使い方をしたいのだ。

来年の誕生日前後1か月が次の更新期間になっているのだが、
それを待たずに、もうさっさと免許返納して、
運転経歴証明書を手に入れておこうかと思ったりしている。
何しろ最近は、国の方針がすぐに変わりそうな感じがするので、
運転経歴証明書だって作れるときに作っておかないと、保険証みたいに、
「新たな発行は今後ありません」などと突然言いだしそうじゃないか。
運転経歴証明書の提示により、タクシーその他、割引になるものも多いので、
免許返納自体は、私にとってメリットが各種あり、
運転を再開する気持ちがない以上、デメリットは特に無い。
『極悪女王』観たさに、12月にNetflixのアカウントを取った。
ほかのものを観ることはないだろうと思っていたが、
1月に懐かしい『阿修羅のごとく』のリメイクがあったので、
これも合わせて結局2本を観て、解約した。

Netflixが良くなくてやめたのではなくて、私に動画が無理なのだ。
中年以降、私の目は大変に気難しくなってしまい、
画面で動く絵を見るのが苦痛になった。
音楽系は、画面を見ていなくても音を聴けば良いので大丈夫だが、
解説動画系は、「内容を文字で書き起こしてくれたら読むのに」
と思うことが多い。
映画館はスクリーンが巨大なのと、真っ暗でほかのものが目に入らないので、
一応耐えられるのだが、それでもやはり大変得意とは言えない。

さて、そのような私が、どうしても観たかった『極悪女王』とは何か。
これは、女子プロレスラーのダンプ松本の物語である。
1980年代に、悪役レスラーとして大活躍した人だ。
私は当時の女子プロレスを知っている。
まだ今ほど目が悪くなく、テレビを苦痛無く楽しむことができたので、
下宿に持ち込んだ小さなラテカセ(というものがあったのですよ!)で、
プロレス中継をよく観ていたものだった。

ドラマの中の、あれもこれも、懐かし過ぎた。
最初のオーディションの場面から、
ああああ、大森ゆかりがおる!!
本庄ゆかり、は、後のクレーン・ユウ、
北村智子こそは、将来のライオネス飛鳥!!
とひとりで盛り上がった。
前半のハイライトは、ライオネス飛鳥と長与千種の一騎打ち。
クラッシュ・ギャルズはあそこから始まったのだ。

私が敬愛したブル中野も、このドラマの中では、
まだダンプ松本の若い後輩だ。
ヒールになるのも無理矢理で、ダンプにバリカンで左半分だけ髪を刈られ、
中野恵子からいきなりブル中野になる。
松永俊国(斎藤工)が「んぁ(^_^;?誰だっけお前?」と
彼女の変身ぶりに驚く場面が可笑しかった。

デビル雅美、ジャガー横田。みんな格好良かった。
ミミ萩原はいないのね(^_^;?とここは不思議だったが、
あれもこれもと触れると、話が広がり過ぎてまとまらないのだろう。
ジャッキー佐藤が、このあとどうなったか。
ドラマで「その後」は語られないだけに、切なかった。
本当に巧いレスラーだった。
終盤で長与千種から「闘ってみたい」相手として名指しされる神取忍が、
そのジャッキー佐藤にいずれトドメを刺すことになるのだが、
勿論、そのような話はまだ、ドラマの時点では気配もない。
北斗晶も夜明け前であった時代。
1980年代半ばまでの全女が『極悪女王』の舞台だ。

『極悪女王』ティーザー予告編 - Netflix(YouTube)

キャストは皆、熱演だった。
ゆりやんレトリィバァは素晴らしかった。泣けたよ(^_^;。
顔が怖いときでも声が可愛いところまで、ピッタリだった。
まさに体を張っての主演ぶり!
鶏をぶら下げて「これだ長与はぁ!」、よく再現してくださいました!
周囲も皆、秀逸な配役で本当に良かったのだが、
中でも私は、意外なことに剛力彩芽が大変気に入った。
実際のライオネス飛鳥より全然細い(笑)のだが、
実に覇気と勢いがあって、いい表情がたくさん印象に残った。
松永四兄弟が三兄弟にまとめられていたが、
いずれもキャラが立っていて、大変愉快だった。
長与千種が実際に監修&演技指導に当たったとのことである。

あの頃のプロレスは楽しかった。
アングル(抗争の設定や筋書き)は薄々意識するところはあったが、
種明かしがされていない時代だったので、
どのようにでも思い入れして、夢中になることができた。
今度は『(仮題)ブル中野物語』が製作されないだろうか(^_^;。
ヒール(悪役)でありながら女子プロレス界の頂点に立った女!
高さ4メートルの金網のてっぺんで合掌したあと、
物凄いダイビング・ギロチンドロップをキメるところなんか
ほんとーーーーーに、絵になると思うのよねぇ。