転妻よしこの道楽日記 -2ページ目

転妻よしこの道楽日記

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満開になったので、縮景園の桜を観に行ってきた。
1シーズンに二度来たのは初めてかもしれない。
温かな午後、桜を満喫できた。

相変わらず観光客の方々が大変多く、賑わっていた。
英語、フランス語、スペイン語が聞こえた。
私が全く知らない言語の方々も来られていたことだろう。
地元のタクシー運転手さんのお話によると、このところ、
宇品と五日市、両方の港に同時にクルーズ船が来ているそうだ。

  
  

実家地元の神社の春祭があって週末は駆り出されていたが、
本日は休息。良いペースで、ありがたいことだ。
という訳で、花を買った。
最近はどちらかというと淡い色合いの花が多かったので、
久しぶりに赤い薔薇と白いカーネーションの取り合わせにした。

外はうららかな春で、桜が満開だ。
今年は桜が4月になってから徐々に盛りを迎え、
入学式シーズンに文字通り華を添えてくれている。
縮景園の夜桜ライトアップも延長になって、
当初6日終了の予定であったものが8日まで続くことになった。

カープも3連勝して3位、地元としてささやかに幸せ(^^)。
郷内心瞳の最新刊『真景拝み屋怪談 蠱毒の手弱女〈天〉
(角川ホラー文庫)を先日読み始めたのだが、
話の下敷きとして触れられるエピソードのあれこれを、
私は確かに知っている筈なのに、詳しい中身が即座には思い出せず、
それが度重なるにつれ、これでは面白さ半減だと反省し、
以前読んだ『拝み屋念珠怪談 緋色の女』『奈落の女』を
まず、読み返すことにした。
これらは、一連の物語として続いているのだ。

新しい読者が『蠱毒の手弱女』から開始してもわかるように
文章内容にはひととおりの配慮が為されているのだが、
私は以前からシリーズとして買い続けている読み手なので、
「この話は、………どっかで知っている(汗)」
「この人は、…前の、……何の話のとき出てきた人だっけ(汗)」
と感じるところがあると、どうしても確認したくなってしまう。

ときに、COVIDに感染すると脳をやられ、
言語能力が落ちるという報告が以前から各種論文に出ており、
後遺症となって残っても軽度だと本人には自覚がない、
等々の指摘もあるところなので、
私も昨年夏に罹ったために読書能力が鈍ってきたのか、
と一旦は考えたのだが、この日記を辿ってみると、
最初に『奈落の女』を読んだとき、
これが『緋色の女』の続きだと気付くのに時間がかかり、
若い頃は、前に読んだ本の内容を忘れるなど、あり得ないことだったのに
と嘆いていたのが、コロナ罹患前の2022年7月だったことがわかった。
3年も前に、既にこのザマだったのだ。
良かった、とりあえず普通の老化現象だったようだ。
いや、良かったかどうかわからんが(汗)。

その、2022年夏の『奈落の女』読了時点で、私は、
『おそらく1年後にまた、これの続きの『○○の女』(多分)が出るのだろう。
今度こそ、来年まで忘れないようにしなければ』と書いているのだが、
案に相違して2023年夏には『○○の女』は発売されなかった。
それから郷内氏の新刊はしばらく途絶え、この3月にようやく、
シリーズとしては続きとなる『蠱毒の手弱女〈天〉』が出て、
来月は更にその続編の『蠱毒の手弱女〈冥〉』の発売が既に予告されている。
そしてこの2冊で完結せず、もう1冊出て三部作となる予定らしいということも
昨日、Xの『郷内心瞳&STAFF』さんのポストで読んだ。

というか、そもそもの話として、郷内氏の著作は、
氏の二作目の単行本であった『拝み屋怪談 花嫁の家』(2014年)からずっと、
ひとつの物語が、様々にかたちを変えつつも断続しているのだ。
大きなエピソードは、その都度、謎解きがあって一応決着しているので
特に気にしなければ、途中だけ読んで終わることもできるのだが、
続きものとして読むと、実は驚くばかりの大巨編なのだった(汗)。
5年程前にあらしちゃん(松緑)の日記で知った作家さんなのだが、
えらいものに手をつけてしまったことよ。
こうやって適度に?忘れるので、読み返せばまた怖さもひとしおで
一度買えば何度でも楽しめるって言や、まあ、そうなんだが(^_^;。

4月になり、NHKの語学番組も新開講の季節となった。
『まいにちフランス語』の初級編は新作『アユミと学ぶ初級文法』。
文法から攻める講座は私好みである(笑)。
フランス語圏の文化や習慣を紹介するChroniques francophonesは
リスニングだけでこれをなんとかしようというのは、結構難しい。
初心者は勿論テキストと日本語を読みながら聴くという設定だが、
中級以上の者は、やはりここで聴解力を磨くべきだろう(^_^;。

応用編は昨年度後期の『Art de la paroleを学ぶ』再放送。
かつてなく、教養を高めるという観点からハイレベルな内容で
この3月まで十分に聴くことができていなかったのもあり、
今回の再放送は大変有り難い。丁寧にやり直したいと思っている。
修辞法に着目しつつ、フランス語の文学作品を読む講座。
ただ、どの中級編や応用編にも言えることだが、
先生による全文和訳は無くて良いと私は思っている。
テキストに全部、載っているのだし、日本語を読むのは自分で出来る。
むしろ、どうしてその日本語になるのかが重要なので、
『語彙説明・構文のポイント』のところを充実させて貰えば、
全文和訳を放送で読み上げていただく必要はないと思う。

『まいにちスペイン語』、初級編が新作『つながるためのスペイン語』。
Ponte a prueba(やってみよう)のところで結構たくさん練習できるので
声を出す機会が多く、気に入っている。
応用編は2023年後期の『これで完璧!接続法』の再放送。
これまた、以前は後期だったために取り組みが悪かったので、
今回やり直しの機会が得られて嬉しく思っている。
2年前よりは私のスペイン語力も少しは向上したことだし。

ともあれ今年度も、各講座、無事に開講されて本当に良かった。
私はここ数年、年度末が近づくたびに、
ラジオ第二放送と語学番組の終了発表があるのではと憂えているのだ。
これでともかく次の3月までは、ラジオで語学をやれることが確定した。
……ラジオ講座がなくなったら、今の生活では私の語学も終わりそうだよ(^_^;。

実は素晴らしいことに、私は7連休をキめている最中だ。
東京二泊三日のあとそのまま4連休。
どこへも行かず誰も来なくて、もう極楽である。
仕事さえ無ければ、私はホトケの転妻なのである。
朝から晩まで穏やかに心が落ち着いていて、
思いどおりに家事をするゆとりもあり、本も読める。
最高だ。こういう暮らしをしたいのよ(T_T)。

ということで、きょうは昼に思いついて、縮景園に桜を見に行ってきた。
縮景園には、9種類・約110本の桜の木があるのだそうだ。
やや肌寒く、爽やかなお天気だった。
ソメイヨシノは八分咲きというところか。
ヨシノツツジも綺麗だった。
(↓以下、画像は拡大します)



園内の清風館で日本舞踊なごみ若柳流の会が催されており、
どなたでもご自由に、とあったので入ってみた。
庭園内の亭館の中まで上がったのは、全く初めてだった。
途中からだったのだが、舞踊あり、箏 三弦の演奏ありで、
曲や内容も様々な彩りがあってなかなか楽しかった。
日本舞踊なごみ
菊鳳琳 結衣
主宰のかたのお話によると、毎年今の時期に縮景園にて、
この舞踊の会が行われているそうで、
来年は2026年3月22日(日)に同様の催しがある予定だということだった。



園内は観光客の方々が多かったが、混雑というほどではなかったし、
静かな明るい春の日で、とても和んだ気持ちになることができた。
太ったハトが池の端に群れていて、態度が傍若無人であった(笑)。
マジックショーに使われる白いのではなく皆ドバトで、
全く可愛くないわけではないが、厚かましいヤツらなので、
平和公園のも含めて私はハトに良い印象は持っていない(^_^;。
こら、おまいら、寄るんじゃない。



瑞々しい桜はとても美しかったが、できれば満開になった頃に、
盛りの姿を満喫したいなと思った。
このあとまた巧く休暇が取れればね(^_^;。
マイナ免許証、スマホだけを持って運転は「不携帯」で取締対象に
(3/25(火) 14:29 CNET Japan)

制度的にいかにも道半ばで、実にややこしいことになっている。
マイナンバーカードと保険証を合体させることは既に進んでいて、
このたびマイナンバーカードと運転免許証も一体化可能になったのだが、
マイナンバーカードをスマホに登載していても、
スマホだけ持って病院で保険診療を受けたり自動車を運転したりすることは、
今のところ、できないようになっている。
いずれそうしたことが可能になる方向性らしいのだが、実現していない。

マイナ免許証については更に、マイナンバーカードと免許証のそれぞれに
有効期限があるので、片方だけが切れるという怖れが今後もあるのと、
国際運転免許証を使う人は、マイナ免許証だけではだめで、
従前の、独立の運転免許証を併せて持参していなくてはならない、
等々、未だに煩雑な課題が残されたままだ。
私自身は先日、運転経歴証明書を取得したので、
少なくとも免許証については、もう思い煩う必要はなくなったのだが、
何によらず過渡期というのは、混乱するものだなと溜息が出る。

再三書いているように、私の懸念はバックアップについてなので、
「マイナンバーカード本体と同じ情報は全部スマホにも入っており、
両者は同等で併用も可能、日常的にはスマホひとつ携帯すれば、
保険診療が受けられるし、運転免許証(経歴証明書)の代用になる。
スマホを普段使いにして、マイナンバーカードは家に仕舞っておけばよい。
――という状況を可能にして貰えるのであれば、
保険証等の情報をマイナンバーカードと一体化させてもいいと思っている。
(そうなるならスマホは解約しないだろう。)
もちろん、カード本体を日常持ち歩いて使いたい人はそれでいいのだが、
私の場合は、ガラケーやスマホをなくしたことはかつて一度もないので、
こういう使い方が可能になれば、大いに安心感が増すというものだ。

いっそのこと最終的には、ヒトも飼い犬みたいに、頭部や手首等に、
マイクロチップを埋め込む方式にすればいいのかもしれない(爆)。
実際、その方面の研究も進んでいるという記事を読んだことがある。
このまま死ななければ私もじきにボケ老人になるだろうし、
これなら手ぶらで徘徊しても身元がわかる。
皆、医者に行っても、運転していて警察に呼び止められても、
役所や郵便局で身分証明を求められても、
読み取り機をこっちに向けてピッ!とやって貰うだけでOK(爆爆)。
誰も彼も、御頭(おつむ)にマイクロチップ入ってんのか、となると、
松緑の御母堂じゃないが「粋じゃないわね」ってか、世も末だけどよ(逃)。

……ということで、3月24日(火)の夜の部と、
25日(水)の同じく夜の部、そして26日(木)の昼の部を
このたびの東京滞在の間に観ることができた。
昨年秋から忙しくて観劇の機会を逃し続けて来たので、
歌舞伎座は昨年10月以来、歌舞伎観劇としては1月の松竹座以来であった。
(↑どちらも観劇感想を書く暇は無かったので、この日記には記録無し)

時間の都合で、着いた日に夜の部から入って、翌日も夜の部だけ、
昼の部は、3日目の帰る間際に一度だけ観る順番になったので、
討ち入りが先で松の廊下が後になった(汗)。致し方なかった。
更にAプロBプロで配役が異なるので、どう組み合わせて観るかも、
遠征組としてはなかなか頭の痛いことだった。
結局私は、夜の部は両プロを観て、昼の部はBプロだけになった。

昼の部をBプロ優先にしたのは、
菊之助の、八代目襲名前として最後の舞台を堪能したかったからだ。
塩冶判官は、菊之助の祖父の梅幸の印象が、私にとっては強い役だ。
このうえなく品格の高い梅幸が、切腹の場面でうつむき加減になったときの、
頬のラインの美しさが、なぜか今でもとても鮮やかに記憶に残っている。
幼かった丑ちゃんが、今やこの大役を見事に務めるようになったかと
身内(←勘違い)みたいな感激があった。
美しく、冴え渡り、絹の手触りのような塩冶判官であった!
その美の中に、音羽屋の旦那さんとは違う持ち味が出てきたことを、
最近はとみに感じるようになり、それもまた嬉しく、胸アツであった!

松緑は昼のBプロの大星由良之助も良かったのだが、
私としてはこれは、十一段目まで演って貰わないことには、
あらしちゃんの由良之助がどうなっているのか、
自分の中で結論が出ないな、という気分になった。
何しろ、四段目の大星由良之助は忍の一字みたいな役なので。
その点、夜の部Aプロの小林平八郎は、圧巻だった。
相手が坂東亀蔵だったので、息もぴったりで、
どの角度から見ても完璧、完成された舞踊としての殺陣だった。
しかも最後に倒れるところが、間合いもかたちも超絶な美しさ!
松緑の描く体の線の魅力は、こたえられないものがあった。

時蔵は、昼Bプロは顔世御前、夜Aプロが女房おかる・遊女おかる、
様々な女性を見せてくれて、これまた素晴らしかった。
時蔵は何を演っても完成度が物凄く高い。しかも台詞が美しい!
勘九郎が夜の部の勘平を菊之助とのダブルキャストで務めていたが、
両者で型が異なるので、動きの違いも面白かったし、
勘九郎のほうが人情に訴える感じが強く、往時の勘三郎を彷彿とさせた。

愛之助が元気になっていたのは本当に嬉しく思った。
舞台姿や台詞からは、大怪我の影響は全く感じなかった。
十一段目のAプロの大星が愛之助、Bプロが仁左衛門で、
遠目には「若い孝夫と今の孝夫」(爆)だったが、
愛之助のほうにより強く色気を感じ、
仁左衛門には風格や威厳をありありと感じた。

仁左衛門の大星の七段目・十一段目は、もう、崇高なまでの舞台姿で、
どの一瞬もニザさまであった。
お声がややお疲れ?と微かに心配になった箇所もあったが、
いやこのような揺らぎも含めて大星由良之助か、という説得力もあり……。
大星の深い苦悩や、大いなる計略は、並大抵ではなかったのだから。

一方、若い人たちの活躍も良かった。
AプロBプロとも、昼の部の大星力弥は中村莟玉、夜の部は尾上左近。
どちらも美しかったが、左近のほうが顔立ちのせいかシャープな感じ。
昏さは見えるがドロドロでない亨さん(初代辰之助)、だった(逃)。
力弥は立ち役未満に女形をほんのり足したような役で、
瑞々しく涼やか、今の両名には本当によく似合っていたと思う。

しかしやはり圧巻は、最後の最後に登場する菊五郎の服部逸郎で、
なるほど馬に乗った役柄ならば、今の脚の不安も問題にならず、
しかも限りなく大きさの必要とされる役柄で、音羽屋の旦那さんならでは。
出てきただけで見事なまでの華があり、
豊かな、馥郁たる声音が響き渡って、まこと圧巻の位取り、
同時に、仇討ちは成ったかと尋ねる場面は、いかにも菊五郎らしい愛らしさ。
これほどの超大作を締(し)める場面は、音羽屋の力量あってこそ。
仁左衛門を見送る菊五郎、この最高の幕切れを、私は生涯忘れない!


……というわけで無事に三月大歌舞伎を楽しむことができたので、
私の次なる目標は、四月大歌舞伎の『無筆の出世』。
尾上松緑、講談シリーズ第3弾「無筆の出世」に意欲
「講談ファンと歌舞伎ファン、どちらにも喜んでもらえる作品に」

(2025年3月27日 16時55分 スポーツ報知)
松緑による講談シリーズ第3弾、
講談の人間国宝・神田松鯉が歌舞伎座出演するという歴史的な公演でもある。
松緑と亀蔵のダブルキャストも見逃せないと思っている。
「亀蔵さんがいてくれなかったら、続けてこられたか分からない。必ずそばにいてもらいたい存在」
と、あらしちゃんが語る亀蔵さん、
お二方それぞれの持ち味が発揮されることと思い、大変楽しみにしている。
「お客様が現在ご利用中の携帯電話に異常が発生したため、
強制的にご利用が停止になります。
オペレーターとお話になりたい方は、1を……」
という自動音声電話が、さきほど家の固定電話のほうにかかってきた。

ありがとうございます!!本当にもう二度と電話は鳴らないんですね!?
と一言、オペレーターに御礼申し上げたいと思ったが、
この電話がかかったということは、そもそも我が家の固定電話のほうは、
2時間後どころか1か月以上経った今も、全く変わらず通じている
わけで、
『電話が使用できなくなる』という話は、家電であれ携帯であれ、
どうせ私にとって夢物語に過ぎないことが、既にはっきりしているのだった。
なんと虚しいのだろう。
私の我が儘でなく不可抗力で、電話番ができなくなりたかったのに。

現在の私は本当に、心の底から、電話が嫌いだ。
昔の私は、ここまで非常識な、心の曲がった人間ではなかったはずなのだが、
神社の仕事と、老親関係の連絡で心安まる時間を失って以来、
つくづく電話連絡というものを忌み嫌うようになった。
電話で来るのは100%、私を拘束する要件か、鬱陶しい問題に決まっている。
だいたいが、今、何をしていてもただちに全部やめて
まずは応答しろという「最優先」を要求して来るのだから、
電話というのは(私にしてみれば)大変に自己中心的で暴力的なものなのだ。

呼び出し音を聞いた瞬間から、条件反射的に不愉快な気分が募って来る。
開いて発信者を確認する以前にもう、鳴っているだけでイヤ過ぎる。
鳴りだしたスマホを床に叩きつけたくなったことも数え切れないほどある。
最近の私は、夕方になると遠慮なくスマホの電源を完全に切っている。
「もうサ高住からも病院からも、電話はかかって来ない!親は二度と死なない!」
と思うことは、私にとってたとえようもない、大きな大きな安らぎである。

隠居したら固定電話を撤去し、スマホを解約し、
ガラケーにして、生存確認用に家族にだけ番号を教え、
親しい人には「私は電話には原則として応答しない」と伝えたうえで、
Chromebookを買おう、というのが今の私の計画である。
ネットとメール限定ならば、全く嫌いではない。
オンデマンドで、こちらの都合の良いときだけ使えるし、
メールで来る話は、道楽関係の、いいのが多いからだ。
既読云々の問題もないから、レスのタイミングも気楽だし。

ちなみに私のauのメアドはよくよく特異なものらしくて、
これまで全く迷惑メールが来たことがない。
そのことも、私のメール偏愛に拍車を掛けている。
ただ、世の中の主流はLINE等のアプリなので、
私が先方に合わせる必要があることもまた、理解はしている(^_^;。
ChromebookならLINEは一応使えるから大丈夫だろう。

24日・25日・26日と二泊三日で東京に行って来た。
歌舞伎座三月の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』を観るのが主目的だったが、
25日の昼には久々に娘とも会った。

娘と、乃木坂~六本木界隈で買い物をし、昼食を一緒にした。
店も私向きに(!)混んでいないところを選んでくれるし、
注文もしてくれるし、ご飯も奢ってくれてPayPayで支払い
(←私は登録すらしていない!アカン!)。
六本木で終わったのも、ここから日比谷線に乗れば東銀座まで一本、
という娘の配慮であった。
ありがとうございました~~(涙)!!
おばーさん&田舎もんの私は、
気付いてみれば何から何まで、娘に接待して貰っていたのであった。
『東京だヨおっ母さん』、ってこれのことか(笑)。
やれ、ありがたや。隠居気分まっしぐら(笑)。

歌舞伎座のほうは、夜の部2回(Aプロ&Bプロ)、昼の部1回(Bプロ)、
という組み合わせで観た。
三月大歌舞伎 通し狂言『仮名手本忠臣蔵』(歌舞伎美人)

一場面しか無いのだが音羽屋の旦那さん(菊五郎)の華やかさ・大きさに
改めて強い感銘を受けた。やはり旦那さんは最高だ。
音羽屋の服部逸郎に見送られる仁左衛門(Bプロ)の大星由良之助、
という構図の豪華さ、まさに今しか観られない瞬間だなと熱い感激があった。
お二方とも既に80代。観客として、私は間に合ったのであった。
また、Bプロの松緑の小林平八郎も目覚ましかった。
やはり私は、あらしちゃんの舞台姿が大好きなんだなと思い知った。
一瞬一瞬を切り取っても、まるで絵のような美しさ!
切れ味の良い坂東亀蔵の竹森喜多八との、絶妙な呼吸も素晴らしかった。
菊之助名義での最後の公演も見応えのあるもので満足できたし、
ますます充実の時蔵の舞台も、昼夜ともに満喫させて貰った。

今年は松竹創業130周年記念ということで、
3月『仮名手本忠臣蔵』、9月『菅原伝授手習鑑』、10月『義経千本桜』
のそれぞれ通し上演が企画されていて、今回のはその第一弾だったのだが、
春爛漫の季節に、なぜ『忠臣蔵』から始めるのか(^_^;?とやや疑問が……。
おかる勘平の『道行き』には相応しいか。
でも勿論、この布陣で観られることが最重要だとは思うので、
舞台成果については何の不満もなかった。
行けて良かった!

今朝は、有給を取った転夫ころもん氏と一緒に
広島県運転免許センターまで出かけ、運転免許証の自主返納をしてきた。
運転経歴証明書が即日交付されたので、一度で決着がついた。

正確には自主返納は私だけで、ころもん氏の免許は昨年夏に失効していた。
彼は、更新案内葉書を受け取りながら、すっかり忘れていたのである(汗)。
そのことに気付いたのが、つい先週くらいのことで、
私が自主返納&運転経歴証明書の発行を希望する話をしたときであった(爆)。
運転しないので、彼には免許証そのものは日頃特に必要ではなかったが、
私同様、写真つき身分証明書としては長年、重宝してきた。
失効して5年以内ならば申出により運転経歴証明書の発行が受けられると知り、
それならこの際一緒に手続しようと、彼は言った。

私のほうは、来年まで有効期間は残っていたのだが、
先日書いた通り、昨今の政府のマイナンバーカード偏重傾向を見るにつけ、
独立の運転経歴証明書は、近い将来、「今後発行しません」
と言われるのではないかと心配になり、
もう次回更新を待たずに、返納することにしたのだ。
運転経歴証明書は、平成14(2002)年から始まった比較的新しい制度だが、
紙の健康保険証の新たな発行がなくなる以上、
あんまりアテにもできない気がする。しませんか(汗)。
私が生きている間くらいは、このまま有効なIDとして通用してほしいものだ。

自主返納の私は、やろうと思えば近所の警察でも手続できたのだが、
失効しているころもん氏のほうが、免許センターでないと駄目だったので、
例の、片道1時間弱の路線バスで、遠足することになった。
着いたら、ロビーでは免許更新の人達が大行列を形成していたが、
自主返納と運転経歴証明書発行申込は、更新とは別の10番窓口で、
誰も並んでおらず、大変スムーズに手続できた。
運転経歴証明書の発行も、写真撮影をしたあと割とすぐに呼ばれた。
支払は、手数料1100円のみ。

2019年8月に父が免許返納したとき
「ここに来ることは、もう無いねえ」
と何となく寂しげだったことを思い出し、記念にと思い、
広島県運転免許センターの建物や玄関の写真を撮った。
運転経歴証明書は更新をしなくていいので、
私たちももう、ここに来ることは今後ないだろうと思うが、
紛失したり、住所変更があったりしたら、手続をしなくてはならない。
住所変更は多分、もう少しトシを取って、娘の居住地に引っ越す、
みたいな展開になるまでは、無いのではないかとは思うが……。

運転経歴証明書の記載によると、
私の、運転免許取得は昭和62(1987)年10月27日とあった。
これは忘れもしない、就職した年だ。
2年目以降は忙しくなって免許取得どころじゃなくなるよと、
ある日のこと職場の先輩に言われて一念発起、
9月になってから毎日毎日、仕事のあと自動車学校に1か月半ほど通った。
路上教習も大抵は夜で、昼間に自動車学校の外で運転したのは、
高速教習と卒業検定のときくらいだった気がする。
当時はAT車の出始めで、第一段階の最初と路上の初日にAT講習があったが、
AT車限定免許というものはなく、このワタシでも免許はMT車で取得した。
あの頃、免許センターは基町に、試験場は観音にあった。

免許取得後は、自分で車を買う経済力はなかったので、
最初の数年、何度か父の車を運転したのみだった。
残りの年月はことあるごとに、
「高い身分証明書を買った」
と友人から笑われた私の免許証であったが、それがあった御蔭で、
本日ついに、写真つき無期限IDを1枚、手に入れることができたのである。
これを見せれば、これからあれこれ割引が受けられるし、
とりあえず、結果オーライ(^^)!!