
11月9日から公開されていたことは知っていたのだが、
忙しくてなかなか行けず、きょうの夕方、ようやく観て来た。
フレディを中心としたQUEENの映画が制作されることを
私が初めて知ったのは6年前だったが、最初の企画はそれ以前に始まっており、
主演者やスタッフの交替も乗り越えながら、完成に8年を費やしたとのことだ。
2018年の今、ようやくスクリーンで70年代からの彼らを追体験でき、
長年のファンとして、きょうは本当に幸せな思いをさせて貰った。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』公式サイト
キャストは、いずれも大変に素晴らしかった。
メンバーそれぞれ、実によく雰囲気や特徴を捉えた演技だったし、
ライブエイドの会場の再現も圧巻だった。
このときの演奏は今でも映像で見ることができるので、
映画がいかに忠実に当時のライブを再構築して見せたか、
誰でも検証可能であると思う。
Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13 [Best Version](YouTube)
この映画では多くの感動的な逸話が語られるが、中でも、
若い頃も、キャリアを重ねてからも、
メンバーの間にふとした行き違いや諍いが起こるたびに、
その都度、音楽の力が、彼らを再び、結びつけてくれた、
という展開に、私は最も胸を打たれた。
ブライアンがWe Will Rock Youの足踏みと手拍子を披露したとき、
ジョンがAnother One Bites the Dustの冒頭のフレーズを弾いたとき、
彼らは、それまでの苛立ちや口論を次第に忘れ、
目の前に実現されつつある音楽に夢中になった。
彼らは本当に音楽を愛していたし、QUEENは根源で常にひとつだったのだ。
そして、最後に彼らの絆が永遠のものとなったのも、やはり、
あのライブエイドの場で、奇跡のような演奏を共有したからだった。
エンドロールで、実在のフレディがAIDSのために91年に亡くなったことや、
フレディに敬意を表し、エイズと闘う財団が設立されたこと等が流されるが、
この映画の内容のすべてが、事実そのままである訳ではない。
ファンの間で有名であるにも関わらず触れられなかった出来事や、
時系列から見ると必ずしも事実通りでない箇所は、いくつもあった。
特に、ライブエイド前にQUEENが事実上の解散状態になっていた、
というところは最大の脚色で、現実にはライブエイド直前の時期、
QUEENはワールドツアーに出ており、85年5月来日公演は私も聴いている。
ただ、これと相前後してフレディはソロ活動を開始していたし、
QUEEN解散の噂は、当時幾度も囁かれており、
「ライブエイドがあったから、解散が回避できた」
という意味のことは、後にメンバーもインタビューで語っていたので、
物語として、少々の誇張はあっても許されるだろう。
また、フレディの死後に公表された事柄やメンバーの談話からすると、
ライブエイド出演時点ではまだ、フレディはAIDS感染を確認しておらず、
映画の設定のような体調不良の中で実現したステージでもなかった筈だ。
しかしこれも、時期は違うにしても、
フレディが自分の病名を知って仲間にだけ打ち明け、
その秘密が外部に対し、メンバーの間で厳重に伏せられていたのは事実で、
フレディの体調を考慮しつつ行われた演奏があったことも間違いない。
そのあたりを逸話として、ライブエイド出演の場面に集約した、
として理解することは、十分にできる。
ブライアンとロジャーがこの映画制作に直接関わっている以上、
内容的には脚色部分も含めてメンバーも承諾している訳で、
史実通りでない箇所に価値がないとは、私は全く思っていない。
ライブエイドでフレディの歌った曲はどれも、
彼の人生を思うと、実に象徴的だった。
未来の自分に何が起こるか、まだ全く知らなかった筈の時期に
彼はああした曲を書いていたのだ。
歌詞の通り、彼の歩んだ道は決して平坦でなく、彼は生涯、闘い続け、
多くの人々や出来事によって、彼は幾度も、不当に傷つけられた。
けれども一方で、音楽によって結ばれたQUEENがフレディのfamilyとなり、
その彼らを支え続けたスタッフや、生涯の友となったメアリー、
最後の恋人だったジム、皆の愛に包まれて、
フレディの孤独で過酷だった人生の中に、
輝くように幸福な時間もまた、確かにあったのだ。
Love of My Lifeを英語国民でない聴衆が一斉に歌い始めて
フレディを感激させたという場面が映画に出てくるのだが、
実際に、彼らが来日したときのライブでもそうだった。
英詞を、ひとつも間違えずに、聴衆が大合唱してフレディに応えた。
レコードではコーラスとハープで飾られている曲の最後の部分を、
ライブでは、Oooh, Oooh, Yeah---と歌って締めくくるのが
いつものフレディのやり方であることも、
ファンである私たちはよく承知しており、最後までその通りに一緒に歌った。
私たちは、あのとき、フレディを喜ばせることができただろうか。
在りし日のフレディの笑顔、I still love you!と返してくれた彼の声を思い、
私は涙を堪えることができなかった。
あれは、ささやかではあったが確かに、日本の私たちが、
フレディのために出来たことだった。
そのような瞬間を持つことができて、私たちもまた大変幸福だった。
彼と同じ時間を、空間を、共有できた。
改めて、私たちは本当に幸運だったのだと思う。