ポゴレリチによるアバドの思い出 | 転妻よしこの道楽日記

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先日亡くなったクラウディオ・アバドについて、
ポゴレリチが言及している記事が出ていた。
Ivo Pogorelić: Svaki nastup s Abbadom bio je muzički praznikVečernji list
以下、ポゴレリチの話に関する箇所の和訳。

『「ソリストの目から見ると、クラウディオ・アバドは、
日常の演奏では滅多に巡り会えないような、
まさに演奏者みなの夢を実現したような指揮者だったと思う。
オペラを振って来た人だったから、
管弦楽主体でオペラを経験していない指揮者よりずっと、
アバドは、ソリストと共演することに対して豊かな素地を持っていた。」
――と、この偉大なピアニストはルガーノからの電話で思い出を語り始めた。』

『「リハーサルには彼はいつも、およそ考え得る限り最高に真摯なやり方で
下準備をしてからやって来たものだった。
それはまるで、私の隣に立っているのが指揮者というより、
共演のためにしっかりと研究をしてきた学生、というくらいの印象だった。
しかし、一旦演奏が始まると、彼は出てくる音に深く没入し、
音楽への熱い思いを迸らせた。
彼はソリストがこれからどうするかを正確に察し、気を配りながら耳を傾け、
そうすることで、ソリストが更に飛翔できるような舞台を創り出してくれた。
オーケストラにとってどれほど困難に思われるようなことでも、
彼なら即座に実現させてくれる、という感じさえした。
彼の柔軟性と、リハーサル、ひいては本番での彼の指揮の仕方は、
真に優れたものだった。
彼のような指揮者は本当に滅多に居なかったと思う。
彼は自分自身のエゴからは完全に自由で、
音楽をかたちにすることに自分のすべてを捧げ、
いかなるオーケストラからも全力でその最高の音を引きだした。
このような人とステージに上がることは、いついかなるときも、
私にとって音楽の祭典というべき体験だった。」とポゴレリチは語った。』

原文はクロアチア語で、某友人に英語に直して貰ったものを
更に私が日本語に訳したのが上記の文章なので、細部に関しては、
もしかしたらポゴレリチの意図したものと異なっているかもしれない(汗)。
しかしポゴレリチが、アバドを絶賛していることは読み取れると思う。

ポゴレリチは誰とでもうまく合わせられるようなソリストではなく、
またポゴレリチの(恐らくは)気難しくマニアックな要求を
高度に満たしてくれる指揮者も、これまで決して多くはなかったと思うのだが、
アバドだけは、ポゴレリチをこれほど満足させたばかりか、
二枚のディスクを録音することさえ実現させた。
アバドは、指揮者としても芸術家としても実に懐が深く、
豊かな知性と柔軟な感覚を併せ持った人であった、
ということだと思う。