“人生遅刻ばかり”病気だった、57歳にして慢性遅刻症候群と診断。(ナリナリドットコム)
『仕事でもプライベートでも、人と約束をしたら時間を守るのは最低限のマナー。とはいえ、悪気はないけど、あたふた準備をしているとなぜか約束の時間を過ぎてしまう、という人もいるかもしれない。そんな遅刻癖が深刻すぎて悩んでいたのは、英国のある男性。彼は子どものときから約束の時間に数時間遅れ、人を怒らせた経験は数知れず。自分を責めたところで改まらない日々が続いていたそうだ。しかし、その原因は彼が単にだらしのない人間だったからというわけではない。彼は、脳の障害により時間の長さをしっかり認識できない“慢性遅刻症候群”を患っていたのだ。』
昨日、友人某氏がmixiのリンクでこの記事を紹介していて、
なかなか印象的だったので、ここにも貼っておくことにする。
世の中、だいたいにおいて「時間を守る人」と「いつも遅刻する人」の
二種類に大別できるという印象は私も持っていたのだが、
度を超している場合には脳の障害だという可能性があったのか(汗)。
『時間の経過を正確に把握できない』というより、この病いは、
『友人から食事に招待されれば3時間遅刻し』
『旅行に出かけようとすれば4時間遅れて予約したフェリーに乗り遅れ』
というように、記事に見る限り、
「長い時間が過ぎているのにまだ時間があると錯覚する」方向にのみ、
感覚が狂っているように思われる。
少なくとも、上で紹介されている事例では、
「いくらも経っていないのに長い時間が過ぎたと錯覚する」方向には、
この病気は作用しないようだ。
遅刻以外の面でも深刻な問題のある精神状態が続いているとか、
自分が遅刻して周囲に迷惑をかけていることも理解できない、
というのなら大いに同情に値すると思うのだが、
この男性は度外れに遅刻が多いことのほかは、極めてまっとうなようだし、
『「なんで時間通りに間に合わないのか」と自分を責め続けて来た」
そうなので、対処の仕方はあるのではないかという気がする。
いっそ『時間通りに』という点を放棄すれば、
遅刻はしなくて済むようになるのではないだろうか。
ピッタリの時間に行こうと思うから失敗するのだ。
そうではなく、時計を見て「まだあと○時間ある」とわかったら、
もうその時点で待ち合わせ場所に行くと良いのではないかと私は思う。
私なら、これほど遅刻したら背に腹は替えられないので、そうする。
現地で何時間も待つのは、非常に負担になるし消耗もするかもしれないが、
それでも、人生を損なう大遅刻を際限なく繰り返すより良いだろう。
待ち時間の有効活用法(読書とか仮眠、細切れの作業をする等)を考えたほうが
連続する遅刻が『人生すべてに影響』する生活を続けるより建設的だ。
道楽の業界でも、かつてはトップのサヨナラショーのチケットのためとか、
歌舞伎座俳優祭の切符のため等で、何日も(場合によっては何週間も)前から
劇場の前で並ぶ人間がいたものだ。
積極的に良いことだとは到底言えないが、出遅れることが致命傷になるなら、
この際、早すぎることを厭うている場合ではないのだよ(爆)。
そういえば、これで思い出したのだが、
某ピアニスト(爆)も一時期は凄かった。
一曲の長さが尋常ではなく、リサイタルの前半だけで90分かかったし、
そのときの来日時にはオケとのリハーサルに何時間も遅刻したという
逸話さえあった。
彼はその後立ち直ったようなので(汗)、『慢性』ではなかったと思うが、
その当時は、やはり『時間の長さをしっかり認識できない』という、
ある種の病的な状態に陥っていた可能性が、あったかもしれないと思った。
違ってたらすみません(逃)。