入試のない本日、私は歌舞伎を観に行った。
歌舞伎だけに集中して、観たいと望んで出て来たのとは違い、
入試真っ最中の娘と、日がな一日、ホテルの同じ部屋にいるのが
精神的にキツいものがあったので(きっと娘も同様だろう)、
外に出る目的として、歌舞伎を選んだ、というのに近かった。
幸四郎・福助・染五郎、それに左團次を中心とする顔ぶれで、
演しものは『口上』『吉野山』『新皿屋舗月雨暈』。
日生劇場というと、日頃はミュージカルを観る劇場という印象だが、
今月は歌舞伎公演なので、緞帳の上部に破風(昔の芝居小屋の名残の、
屋根をかたどった装飾)がつけてあった。
そして私はここで今更気づいたのだが、定式幕の開き方って、
歌舞伎と文楽とでは逆方向なんですね(爆)。
文楽は上手から、歌舞伎は下手から、あの三色の幕が開くという……。
今まで全然意識しないで観ていたのだが、
短期間に歌舞伎と文楽を続けて観たことで、初めて実感した(爆爆)。
さて、冒頭の幸四郎の『口上』にもあったが、
一時は大怪我で大変なことになったかと思われた染五郎が、
この舞台では、見事な踊りと堂々たるお芝居で大活躍しており、
完全な復調が感じられ、高麗屋一門のためにも嬉しく思った。
そして、子供だと思っていた児太郎が、実に美しい女形に成長していて、
父親の福助が児太郎だった頃から観ているこちらとしては、
なんと月日の経つのは早いのかと、感慨深いものがあった。
しかしそれも当然だった。
團十郎襲名で盛り上がっていた頃の私は、今の娘くらいの年齢で、
それが、今や娘の大学入試について来ている身の上なのだから、
誰の上にも、等しく年月は流れたということだった。
児太郎や金太郎(染五郎の長男)の楽しみな成長ぶりを見れば、
彼らにとってその日々が、重要で、充実したものであったということが
私のような者にも感じられると思った。
……という、イイ話の続きに書くのはアレなのだが、
私は、前も認めた通り、日本舞踊というものがほとんどわかっていない。
だから歌舞伎の演目の中でも、舞踊になると、
正直なところ、集中力が続かなくなり、途中から意味がわからなくて、
『早く終わらないかな』と思うことさえあるのだ(殴)。
今回の『吉野山』も、そういう意味では若干つらいものがあった。
福助の静も染五郎の忠信もあでやかで、
しかも、男女の道行きとは言え、心中するのではなく主従の関係である、
というのが品良く伝わり、絵として素晴らしいとは幾度も思ったのだが、
全体は、……素養のない私にとって、やはり忍耐を要した。
申し訳ありません。
『新皿屋舗月雨暈』はその点、とても楽しめた。
これは最後の部分の『魚屋宗五郎』が非常に有名だが、
今回はその前段にあたる、宗五郎の妹のお蔦がお城で手討ちにされるまでの、
詳しいいきさつのところから全部上演されたので、面白かった。
こういう機会は割と珍しいと思うのだが、
私にとっても、この部分を芝居として見るのは初めてだった。
『魚屋宗五郎』で、召使いのおなぎが語る、お蔦の悲劇の顛末を、
実際に芝居で見せてもらえたので、今までイメージでしかなかった物語が、
私は今回初めて、とてもよくわかった。
全体を通してのキーワードが「酒乱」なのだということも、初めて知った(笑)。
磯部の若殿(染五郎)も、魚屋宗五郎(幸四郎)も、
どちらも酒が入ると、どうしようもなく人格が変わってしまい、
大切なものを自分で損なってしまうタイプの男で、
身分が違っても結局、人間は同じように弱く、愚かしいものなのだった。
そしていずれも、だんだんに酔って行く過程は役者の芸の見せどころで、
滑稽さと悲劇性が隣り合わせになっているところも同様だった。
『魚屋宗五郎』に関しては、私は二代目松緑から当代の菊五郎に至る、
音羽屋の芝居をあまりにも繰り返して観てしまったので、
幸四郎の演じる宗五郎については、
演出の違いや、演技の運びそのものの相違点があちこちで目につき、
完全に入り込めたとは言えなかったが、
それでもやはり、人情に訴える良い作品だとしみじみ思った。
何より、この公演では福助が大活躍だった。
『吉野山』で静を、『弁天堂』から『お蔦殺し』ではお蔦を、
そして『魚屋宗五郎』では女房おはまを演じて、文字通り出ずっぱり、
いずれも見事な演じ分けで、気力体力の充実した福助ならではと感じ入った。
ときに、冒頭の口上で幸四郎の着ていた色裃は、市川家と同じ柿色だった。
高麗屋もまた、市川宗家に連なる家柄なのだ。
こうした家々の頂点に立つ市川團十郎の名跡を、あの海老蔵がこれから、
継承せねばならないのだということが、何か象徴的に示された気がした。
また、ロビーでの観客の会話からは、
勘三郎が、團十郎が、……という名前が、あちこちで聞こえていた。
こうしたものすべてを、これからの若い役者さんが、
しっかりと受け継ぎ、背負って行かなくてはならないのだと思った。