フランス語会話
昨日は、予約したフランス語教室の体験レッスンに行き、
ほぼ、生まれて初めて、フランス人と50分間、
サシで、フランス語で(!)話をした。
17のトシにNHKラジオでフランス語講座に出会って、30年。
ようやく迎えた、初・生・フランス語会話(^_^;の日だった。
私が初歩の学習者であることを、事前に改めて(日本語で)説明したので、
レッスンでは、聴き取りやすいように、短い文のみで、
日常的な話題限定で、あまりツッコまずに、話を振って貰うことができた。
そして、答える私のフランス語はというと、
もう完全に英語が土台になっているので、語順は五文型のどれか、
話はほとんど全部現在時制、過去の話題なら複合過去一本槍、
中性代名詞が登場することは皆無、……というテイタラクだった。
何より、しばしば、何を尋ねられているのか瞬時にはわからず、
相手の質問を自分でもう一回反芻してから、ようやく答えを考え、
言いたいことは決まっても語彙が容易に出てこないので、また考える、
という、「会話」にはあるまじきリズムになった。
うぅむ、千里の道も一歩から(^_^;。
それにしても、フランス人講師の先生の日本語は巧かった。
私の英語よりも百万倍、上手そうだった(爆)。
YouTubeで発掘
このところ、YouTubeで続けて、私にとっての「お宝映像」を見つけた。
ひとつは、美輪様の歌の中でも私が一番気に入っていると言って良い、
『ボン・ヴォワヤージュ』だ。
美輪明宏 ボン・ヴォワヤージュ(YouTube)
まさに、変幻自在の美輪様の面目躍如、これぞアーティスト!
私は、深く・丁寧で・重厚で・密度の高いものこそを愛している。
さらさらと気楽に薄く流れるものは、娯楽や芸ではあっても、
私にとっては芸術とは言えない。
美輪様の舞台には、そういう意味で、真の「芸術」を感じるのだ。
もうひとつは歌舞伎で、初代辰之助の『鳴神』。昭和60年の顔見世だ。
彼の短い生涯においては、これでも晩年の映像ということになってしまう。
倒れる2年前くらいだと思うが、声が掠れていて痛々しい箇所がある。
しかしそれでも、台詞の迫力はやはり辰之助ならではだ。
私の見果てぬ夢は今も昔もこの辰之助(現・松緑の父)で、
菊五郎に対しては私は、いつも、ご本人の魅力とともに、
辰之助の思い出を重ねて、舞台を拝見しているという自覚がある。
思えば、私に歌舞伎を教えた母方の祖父母、特に祖母の贔屓は先代團十郎で、
その早逝を長く悼んでいたものだったが、
辰之助は私にとって、祖母にとっての團十郎みたいなものなのだと思う。
辰之助は先代松緑の長男であり、先代團十郎の甥でもあった。
共通して流れているものが、やはりあったのだろうなと思っている。
先日読んだ團十郎の話(『海老蔵そして團十郎』)からも、
辰之助が、人に見せない弱さを持った破滅型の人間であったことが伺えた。
そういう、自分を痛めつけるぎりぎりのところで演っていたからこそ、
辰之助の舞台は、私にとってあまりにも強烈だったのだろう。
短く激しい燃焼の中で結実したものには、
ほかのどのようなものにも代え難い輝きがあった。
鳴神 1・鳴神 2・鳴神 3・鳴神 4・鳴神 5・鳴神 6(YouTube)
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