高3の2学期も終わりに近づき、もしかするときょうが、
娘にとっては、高校生活最後の「お弁当」の日だったかもしれない。
このあとも勿論まだ学校はあるのだが、学期末に向かっては
テスト返しやハレルヤコーラスの練習(笑)など特別時間割で、
お弁当持ちで7時間授業、という普通の日は、もう無いようだ。
また、3学期は、補習並のセンター試験対策授業のあとは自由登校になり、
その次に皆が集まるのは、卒業礼拝前日の2月28日という予定なのだが、
いずれも普通の授業日ではない。
ああ。
思えば、桜吹雪に迎えられて入学した6年前の春から、
私は来る日も来る日も、娘にお弁当を作った。
小さかった娘が、いまや私の背丈を追い抜いて、もうじき18歳。
彼女が私の作ったお弁当を持って、朝、学校に行く、
という当たり前の日常が、ついに終わるのか……。
そう思い、今朝は、いつも以上に心を込めて……
などという甘いことを、このワタシが考えるかっ!
ハッキリ言おう。
今朝の弁当もでっちあげだった。娘よ、すまん。
朝はぎりぎりまで寝ていたので、飛び起きて凄い勢いで一個作った。
間に合った。
6年もやれば、そりゃもう、間に合わせのテクだけは達人の域だ。
ああ、素晴らしい開放感だっ!!(殴)。
やっと、やっと、長かった弁当作りの日々が終わるのだ。
娘の体育祭の弁当を作らねばならなかったために、
ポゴレリチの六ヶ所村公演に行くのを断念したことを、私は一生忘れない。
娘の弁当箱は(「弁当」にあらず)、
娘が下宿生活を始めるときには持たせてやる。
これからは、必要あれば自分で作れ。
……こんなことを思う私には、きっといつかバチが当たるだろう。
近い将来、社会人になった娘が家に舞い戻ってきて、
またぞろ、私の作った弁当を持って会社に行く、
などという生活になったら、どぼじよう(涙)。