思えば、7月から譜読みを始めたのだった。
ショパンのマズルカ作品59-2。
素人オバさんの趣味のピアノなので、期限も何も無く、
極端な話、シヌまで練習していてもいっこうに構わないのだが、
とりあえず、師走の会で弾きたい、という目標は設定している。
夏からやっているので、もう、音だけは覚えた。
ゆっくりなら、違う鍵盤を触らずに最後まで弾くことは可能だ。
しかし、イン・テンポと言える速さにまで持って行くと、
今のところミスタッチが必ず出るし、ペダルも間違える。
そうなのだ、この曲は、手はそんなに速くないのだが
さりげないようでいて和声が複雑だし、ペダルも結構、難所続きなのだ。
ペダルの深さやタイミングを、今回はこれまでになく細かく、
自分なりに設定して弾いているので(←飽くまで自分比である)、
手と足の両方を間違えないで、テンポを保って弾くことは、
今の私には大変に難しい、……いや、正直に言おう、ほぼ不可能だ(爆)。
それでも、前半2ページ(パデレフスキ版。44小節目まで)については、
きょうの午後、我ながらペダルの解決をひとつ見出したので、
これまでより一歩前進した気が、今はしている。
解決を見出した、と言っても、理論があるわけではなくて、
弾いているときに偶然試みたことが、
「あら、今の、なんだかちょっとイイ響き♪」
だったので、それを採用することにした、というだけなのだが(殴)。
この曲は、全体どこを見ても、4小節がひとまとまりで、
それが変奏曲のように、少しずつ展開しながら移り変わって行くのだが、
前半(~44小節目)と後半(45小節目~)では、
元になる旋律も曲想も、かなり変わってしまう。
前半はワルツ風の長調で、鼻歌でも楽しめる(!)のだが、
後半に移ると、沈みがちになり、やがて不思議な半音階が交錯して、
一瞬だけ前半のワルツ風が蘇りつつも、これが解決しないまま、
もっと複雑な半音階が交錯するフレーズに繋がって、あとはもう後奏だ。
勿論、そこはショパンなので、こんな小品にも念入りが仕掛けがしてあり、
曲想が沈んだとしても、吸引力が落ちるというものではない。
いや、弾き手が悪いので、たいくつになる可能性は非常に高いのだが(汗)。
例えば、内声で前振りのようにさりげなく登場したフレーズが、
そのあと旋律のほうで、少しかたちを変えて再登場しているとか、
右手左手がそっくりな音型で動いているように見える箇所も、
右だけスタッカート、左はアクセントがついていたりして、
左右で全くニュアンスの違う音を出すように指示されていたり等々、
あなどれないところがテンコ盛りだ。
そうした、取り組み甲斐みたいなものは、勿論、いつも感じているのだ。
ただ、素人のワタクシとしては、歌うように明るく始まったマズルカが、
途中から別人(別曲)みたいに憂鬱になり、そのまま、最初に提示された旋律は、
華やかな決着を見る機会もなく終わってしまう、という印象が、拭い去れない。
「華やかな決着を見る」のは、マズルカでなくて、ワルツだということだろうか。
ショパンなのだから、何か意図があるのだろう、とは思うし、
私がろくにショパンの書いたものを読めていない、のは間違いないだろう。
しかし、それにしても、マズルカ作品59-2は、……59-3もその傾向があるが、
出だしは元気でカッキリしているのに、それは半分までしか続かず、
あとは、どんどん複雑な惑いの中に沈んで行って、二度と立ち上がることはない、
という曲に思えて、つまり、なんか、こう、尻すぼまり風、
……すみません(殴)。
と、なんとも歯切れの悪い話をしていたら、某氏、曰く、
「萎え~の音楽なんですね」。