
先日、7月号テキストが来た。
今年度4月開講の中国語は、6月までの三ヵ月1クールの講座だったので、
今の私には渡りに船ということで、7月からは継続しないことにした。
今年度は、5月前半にポゴレリチ来日公演を立て続けに聴いて以来、
私の生活ペースが根底から狂ってしまい、
語学なんかもう完全にどうでもいいという気分になって、
先日の仏検で首を絞められるまで(^_^;、意識があの世を浮遊していた。
傍目には全く、アホじゃなかろうか、というテイタラクだ。
10月からはこの際、講座はフランス語だけに絞ろうかとも思っている。
ホントに、5月このかた私がどれだけサボり倒して来たかを考えると、
ちょっといっぺん考え直さないと駄目じゃね?という気分だ。
これまで、あれほど語学が面白かったのに、
先月からどうも私は志向そのものが変になって、
それまで夢中になっていたことのいろいろが、どこかへ行ってしまった。
最近、ようやく僅かながら復調しつつある自覚があるので、
なんとかして、早く元の状態にまで戻したいと、今は思っている。
ほんまにもう、一回ヤクやったら効き過ぎて後が大変……(爆)。
**************
ときに、ここ数日、私は老眼が進んだことを実感した。
昨日の朝、どうもパソコンの画面が見づらいと感じたので、
これまで文字を書くときだけ使っていた、
「中近」レンズのメガネをかけてみたら、格段にラクになった。
しかも、「中近」メガネのままで遠くを見ても、さほど不自由が無かった。
つまり、いつのまにか、私は近眼なりに老眼が進んできて、
以前よりずっと、遠くで焦点が合うようになっていたらしかった。
実家の母が、やはり子供の頃から0.1も見えない近視だったのだが、
中年から初老にかけて、だんだんと近視のメガネが要らなくなり、
しまいに視力検査板の0.6くらいまで回復したことを、そういえば思い出した。
そして母は、50代の頃は、乱視と老眼だけで度数を合わせたメガネを
外出のときに使っていたが、どうも考えてみるに、最近の母は、
もうそれさえ、必要ないのか面倒になったのか知らないが、やめてしまって、
新聞を読むときなどに老眼鏡だけ使っているように思われる。
私も、ついには、ああなるのかね(^_^;。