学期末・年度末 | 転妻よしこの道楽日記

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・目下、私は束の間の平和なひとときを過ごしている。
なぜならば、娘の学年末考査と答案返却が終わり、
どうやら赤点は無さそうだという目処が立ったからだ。
数学と地学なんかはガチで心配だったのだが、
ほかにも現社とか保健とか(爆)大穴を当ててくれそうで怖かった。
だが、きょう平均点と偏差値と素点分布を学校で見せられて本人が確認し、
とにもかくにも、原級留置になりそうな科目はないことがわかり、
本当に本当にっっ(涙)、私は安堵した。
たとえ、学年でケツから何番目、という席次の科目があろうとも(爆)。

・ネットの某掲示板に、『子供の大学の卒業式に親が行くかどうか』
というこの時期ならではの話題が出ていて、様々な意見が書き込まれていた。
大学にもなれば、子の側は親が来ないと不安ということはないのだし、
各家庭の雰囲気や状況次第で、親の出席はあってもなくてもいいと私は思う。
私の母校の女子大は本当に小規模だったので、日本武道館で卒業式などあり得ず、
会場はいつでも学内のホールで、学部生と大学院生が入るだけで満席になり、
保護者席は無かった(今、大学サイトで確認したら会場の収容人数は615名だ)。
そもそも我が両親は、あまりにも多忙であったため、
私が小学校を出て以来、卒業式などというものには来たことがなかった。
現在の私は、心身ともに脆弱で耐久力がないので、
きちんと化粧をして、フォーマルな服を着てパンプスを履いて外に行く、
ということ自体が、かなり面倒で鬱陶しいこととして感じられ、
行かないで済むものなら娘の卒業式など、大学どころか高校のほうだって、
本音のところでは、あまり行きたくない(汗)。
3月初めなんてまだ寒いし、冷えたら腹痛が起こって厄介だし(殴)。

・今の私には関係がほぼなくなったが、かつては3月といえば、
自分も近所も誰も彼もが、内示と転勤の季節だった。
我が家が次にどこへ引っ越すかということも重大事だったし、
○号室の○○さんとこは○県ですって、××さんは×県だそうですよ、
等々と、官舎の住人たちの話題も年度末は異動のことが中心だった。
出て行くときは、役所の営繕が退去点検に来るので、
これまで住んでいた官舎の部屋を、できるだけ綺麗に掃除せねばならず、
荷造りと並行して毎日が大掃除で、かなり体力が要ったものだった。
自分以外のことでは、言ってはナンだが面白かったのは独身男性の引っ越し風景で、
まず、故郷のお母様がお手伝いに来られるか・来られないかが、人によって違い、
更に、おいでになったお母様のキャラが、場合によってはなかなか興味深かった。
中でも印象に残っているのは、私がまだ新婚だった頃の某官舎で、
日頃、とても無愛想な住人だった某独身男性が、お母様から、
「○○ちゃん、これはこっちでいい?」「あら○○ちゃん、そんなことしないの」
等々と、実に優しく面倒を見て貰っていたことで、ご本人もそれに逆らう様子もなく、
案外お坊ちゃまくんだったのね、と私は密かに認識を改めたものだった(逃)
(ボロ官舎だから、ドアを開け放って作業していれば会話は近所に筒抜けだった)。
もしかしてマザコンちゃうか、と内心チラと思わないでもなかったのだが、
最後に我が家にまでご挨拶に来て下さったお母様が、
本当に行き届いた方だったので、悪く思う気になれず、これも認識を改めた(爆)。