・昨日はどういうわけか、午後からネットに接続できなくなって困った。
あちこちいじって、ようやく夜になってから復旧できたが、
もう時間的に遅かったので、日記の更新その他は諦めて、寝た。
・漢詩の会では、李白を14首ばかり一気に読んだ。
李白には酒の詩が多いが、同じくらい月の描写もよく出てくる。
しかも、月が美しいかとか、月を眺めて秋を感じるとかいうだけでなく、
自分一人で飲むのはつまらないからと、月を相手に杯をあげ、
「自分と、自分の影と、月」の「三人で飲もう」などと言ったり(「月下独酌」)、
「月はいつから夜空にあるのか、月よ、どうかいつまでも
私の金色の酒樽を照らし続けておくれ」と話しかけたりしている(「把酒問月」)。
李白にとって月は酒の友、なくてはならぬ友人だ。
何かというと「お月様、お月様」とお願いしていた清志郎と似ている(笑)。
・確か来月になってからだが、娘は来年度科目登録の希望を提出せねばならず、
そこには志望大学も具体的に書くようになっている。
私大第一希望で、しかしやはりセンター試験も捨て難く、現時点では、
東京と関西と広島と、一校ずつ希望の大学名を書いて出すことになりそうだ。
もし国私併願は望ましくないから絞り込め、と学校から強く言われるようなら、
地元では国公立大学でないと、娘の望んでいる方向の歴史学科が見当たらないので
県外私学のみを希望することになってしまう。
今後の道楽の点からは、いっそそれが良いのか。……誰の道楽だ(殴)。
・練習中のハイドンのピアノ・ソナタ35(旧48)番は、
もともとクラヴィコードのために書かれたということで、ちょっと浸ってみようかと、
CD『クラヴィコードの世界』(浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ23)を買った。
このCDには私の弾いているソナタは入っていないのだが、
ハイドンのほかのソナタが二曲ばかり収録されている。
最近のクラヴィコードのCDというと、どうしてもバッハが多いと思うのだが、
いくらかはこうして、ハイドンやクレメンティなどもCD化されていて興味深い。
現代ピアノのような音量は出ない楽器なので、私の感覚の中では、
まさに秋の夜長に聴くとぴったりで、宵の音楽という感じがする。
ピアノと違い音が保持されないので、クラヴィコードの装飾音はとても繊細だ。
・本日10月20日は、イーヴォ・ポゴレリチの誕生日だ。53歳になった。
いつも思うことなのだが、1980年の登場時には遙かな存在だった彼も、
今、47歳の自分から見ると、53歳という年齢には同世代感覚がある。
ポゴレリチは、私といくらも年齢の違わない演奏家だったのだ、
とここ数年、今更のように感じるようになった。
16歳から見た22歳は、手の届かない大人の男性のようだったのだが、
47歳から見た53歳は、単にお互い初老同士っていうか(爆)。
明日はチューリヒ、明後日はミュンヘンでのリサイタルがあるようなので
マエストロには忙しいお誕生日となったかもしれない。
来年5月には来日予定とのことなので、今はそれが滞りなく実現するように、
と遠く極東のこっちでお祈りしております。
53歳の一年間も、また充実した幸せな毎日を過ごされますように。
ときに、シューマン・イヤーは済んだと言われるかもしれないが、
私はポゴレリチにはシューマンがとても似合うと、昔から思っている。
『クライスレリアーナ』を手がけて貰いたいというのが、長年の希望なのだが、
それはやはり今年も、叶えられることはないのだろうか。
勿論私は、いつまででも待つことができるけれども。お互いの寿命がある限り(笑)。
Ivo Pogorelich plays Schumann Toccata Op. 7 (YouTube)