
昨日は14時から、ブルーノ・レオナルド・ゲルバーを大阪で聴いた。
曲目はベートーヴェンの、いわゆる「4大ソナタ」で、
『月光』『ワルトシュタイン』『悲愴』『熱情』。
ゲルバーは1941年生まれだから、今年で70歳。
彼は私が子供の頃から日本でも大変に有名な人で、初来日は1968年だった。
私は彼の演奏をFMで聴いたり、レコードを買ったりして徐々にファンになり、
90年代からようやくリサイタルを実際に聴くようになったが、
まさか50近くなった自分が、70になったゲルバーを聴く日が来ようとは、
私は若い頃には想像したこともなかった。
いやはや、年月の流れというのは誰にもどうしようもないほど大変なものだ。
もうお互い(って私的には一方通行の「愛」だが)いつが最後になるかわからないから、
これからは、ますます一期一会を大切にしたいものだと昨日は思った。
とはいえ、ゲルバーは少しも年老いてなどいなかった。
身体的には、もともと不自由だった足が、更に年齢とともに歩行困難となり、
ステージへも、日本人スタッフの肩を借り、ゆっくりと歩いての登場で、
着席する動作ひとつでさえ、なかなか難しい様子ではあった。
しかし一旦演奏が始まると、彼の表現は前にも増して艶があり、
響きにも豊かなボリュームあって、素晴らしかった。
何より、音楽にポジティブな輝きが溢れていることには恐れ入った。
もはや、ゆったりと構えているだけで、ゲルバーは自在に、いくらでも、
楽器からも作品からも新しい力を引き出すことができるようだった。
私はゲルバーを聴くときには、彼が何を思ってプログラムを組んだかとか、
以前の解釈と較べて今回はどうだとかいうことが、念頭にないわけではないが、
実際の演奏会で彼の音楽が始まると、思考の中にある言語はどこかに行ってしまい、
ひたすら、彼の熱くて豪華な音の世界に包まれるのみになってしまう。
最初から最後まで、ずっと何も考えない状態で演奏会を聴かせてくれる芸術家など、
私にとっては彼のほかにはそれほど居るものではないと思う。
昨日はアンコールは無かったが、客席の皆が十分満足したことは明らかであったし、
私も、まるで起承転結のように四曲を堪能させて貰い、完結したという手応えがあった。
ゲルバーも幸福そうに微笑んで、幾度も客席に謝意を表し、
最後に登場したときには投げキスまで送ってくれた。
たったひとつ、昨日惜しいと思ったのは、演奏に関してではなくて、
曲が終わったか終わらないかくらいの瞬間に、客席のあちこちから、
爆発的な「ブラボー!!」と拍手が起こったことだった。
それはそれで、聞き手としての素直な感激の表明なのだろうし、
気持ちを抑えきれずに、そのタイミングで反応してしまう人がいることは
十分に理解できるのだが、それでも私自身は、
一切が途切れる瞬間を味わい尽くしてから拍手を贈りたかった、というのが本音だ。
どれほど華々しく弾ききったとしても、やはり音が途絶えたあとに、
一瞬、何かもうひとつ、ゲルバーの「音楽」があった筈だと私は思っているのだ。
昨日は、そこを聴くことだけは、かなわなかった。
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ポゴレリチが縁でお友達になった関西在住某氏から、休憩時間に、
『いらしてますか?きょうは、サイン会には行かれますか?』
とメールが入り、某氏がここに来られているのがわかって嬉しく思い、
それと同時に、私はゲルバーがサインをしてくれることを遅ればせながら知った。
CDを買うと売り場でその案内をしていたのだが、
今、日本で手に入るゲルバーのCDは全部持っている私は、
最初、売り場を覗いてみることさえしていなかったのだ。
この際ダブろうと構うものか、私が1枚でも買えばそれが貢献になる、
と宝塚のFC活動みたいなことを考えて(笑)、
私はベートーヴェンのソナタ第1番・第6番・第7番が収録されているCDを1枚買った。
そして終演後、首尾良く楽屋口に並んで、サインをして貰った。
ゲルバーは、足が悪いためもあってか、自動車の助手席に座り、
ドアを開けた状態で、車内からサインや握手に応じている状態だったが、
その華やかな雰囲気や表情豊かな笑顔は、まさにゲルバーその人だった。
スペイン語で何か言おうと並んでいる間に考えたが、
スターオーラ全開のご本人を目の前にするとすべて吹っ飛んでしまい、
蚊の鳴くような声でお礼を(英語で・殴)言うのが精一杯だった。
ったく、なんのために『まいにちスペイン語』をシコシコやってたんだよっ。
同じ列の少し後方にいらした某氏とも無事にお目にかかることができた。
いつも某氏はこちらの状況を思いやって下さる方で、
昨日も短い時間を使ってお会いできるように気遣って下さって本当に有り難かった。
改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました~~<(_ _)>。