映画『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』 | 転妻よしこの道楽日記

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ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路(公式サイト)

予想通り、多忙その他により『ショパン 愛と哀しみの旋律』を見逃した私は(汗)
ナンネル・モーツァルトだけは逃すまい!と思って、
きょう、ちょっとした時間ができた隙にサロン・シネマまで行って来た。
これを観たかったのは、クラシック音楽がテーマになった映画だからというのもあるが、
女流音楽家の物語など、クララ・シューマンを除けばほぼないだろう、
というのも、私がこの映画に注目した理由だった
(モーツァルトの時代、音楽家の社会的地位がどのようなものであったかや、
女性が音楽を職業とするのが不可能だった時代背景等については、
『モーツァルトとベートーヴェン』(中川右介・著 青春新書)に詳しく書かれている)。

さて実際に観た感想としては、映像も音楽も大変に美しい作品だったと思うのだが、
物語が特に劇的な展開を見せるわけではないので、
私が想像したより、ナンネル(マリー・フェレ)は淡々とした女性として描かれていた。
あれでも当時としては、自分の音楽を守ろうと大胆に行動したことになるのだろうが、
今の感覚としては、女性が親元を離れて自活することも、男に互して学ぶことも、
珍しくないどころか普通のことなので、私はつい現代女性としての共感のほうに偏り、
18世紀の女流音楽家の人生に思いを馳せることを忘れがちになった。
その感覚のままで彼女の恋を追って行くと、王太子との間柄は、
あまりにも煮え切らない(笑)ものに見えてしまったのだが、
勿論、二人の身分の違いを考えれば、あの結末は当然のことだった。

全編、感情の激したところをほとんど見せないナンネルだが、唯一、
5歳で作曲したというモーツァルト(ダヴィッド・モロー)の逸話について、
「あれは私が弟に書かせたものだった」
と父親(マルク・バルベ)に暴露するところは物語としての動きがあった。
彼女が自分の才能を誇示し、自分から父親に踏み込んで行った場面だったからだ。
しかし父レオポルドはそれでも娘が作曲を学ぶことを認めなかった。
女の子は大人になれば、妻となり母となるのが当然の道で、
音楽家になるなど最初から許されず、父としても思いもよらないことだったからだ。
この出来事よりずっと後の部分で、映画の結末としては、
彼女が王太子(クロヴィス・フワン)との恋に破れたために、
作曲の道を諦め、自分の作品を焼き捨てるというふうに描かれているのだが、
あの恋愛がなかったとしても、どのみち彼女は音楽を断念せざるを得なかったと思う。

女性であったがゆえに、ナンネルは自分の望んだ幸福を手にすることは出来なかった。
しかし、一方では彼女は、当時の女性としてはあり得ないほど、
恵まれた少女時代を送った、とも言えるだろう。
自分でも述懐している通り、ザルツブルク時代の友人たちと彼女の道は
途中から大きく分かれてしまった。
皆が家庭的な女性となり嫁いで行く中で、ナンネルだけは演奏の世界に身を置き、
各国を旅し、宮廷や貴族の邸宅に招かれ、そして初恋も知った。
「御父様の言いつけで音楽しかして来なかった」という意味のことを
彼女が母親(デルフィーヌ・シュイヨー)に向かって自嘲的に言う場面があったが、
その父親の方針があればこそ、本来なら女性には許されなかった世界を、
十代の間に体験することが、彼女には例外的に可能だったのだ。

自分の作品を次々と暖炉の火の中に投じて行く彼女の表情は、
闇の中、炎に照らされ、ある種の凄みがあった。
女の身である自分を、才能を認めない父を、彼女に場を与えない世の中を、
彼女は怨んだだろうか。
ベルばらのオスカルではないが(笑)、ナンネルは本質的には豊かな経験をした
(オスカルは男として育てられたために、普通の女性の生活を持たずに成人したが、
そのかわり、広い世界と、人間としての生きる道とを知ることができたと
父親に感謝する場面があるのだ。@『ベルサイユのばら』池田理代子)。
十代半ばの彼女には、まだそのことの意味は、わからなかったかもしれない。
映画では、ナンネルのその後については短く触れられただけで終わった。
この希有な青春の体験が、彼女の後半生をより有意義で幸福なものにしたのか、
はたまたその逆だったのかについては、私たちは想像するほかない。