Twitterでフォローを解除したくなる人の特徴ランキング(gooランキング@niftyニュース)
『最も多かった回答は《攻撃的なツイートが多い》でした。他人のつぶやきに対して言葉を選ばずに、罵倒とも取れるような攻撃的なツイートが並ぶと、たとえ自分とは関係のないことでもいい気分ではいられないもの。』『続いて2位には《【拡散希望】のうさんくさいツイートを連投してくる》が入っています。東日本大震災などでは、役立つ情報が数多くつぶやかれた一方で、多くのデマが流された事例も多数報告されています。』『3位には《かまってちゃんツイートを連投》するが入っています。反応を示さずにいたら「最近絡んでくれない」「○○さん冷たい」などと名指しでつぶやくまでに発展したり……。まるでチャットのような交流を求めるのはマナー違反といえそうです。』
私は十数年前からネットをやるようになり、匿名掲示板やチャット、ブログ、SNS、
など、様々な形式のものへと自分の世界が広がっていったのを感じているのだが、
ツイッターだけは、その中で私にとって未だにかなり気持ちの悪いものだ。
ツイッターの「速さ」と「規模」ゆえに、悪意や不安などのネガティブな感情が、
「良いもの」を蹴散らすような制御不能のスピードで、増幅されて行く面があり、
そういうところは並の掲示板よりずっと気色が悪いと私は感じている。
しかし一方で、ツイッターならではの力も、私なりに勿論理解しては、いる。
特に3月11日の地震直後にはツイッターの果たした役割は非常に大きかったと思うし、
大変なスピードで全国の人々を瞬時につないでくれて、
テレビやラジオなどの媒体や、ほかのいかなる掲示板よりも、
ツイッターは、その「動き」ゆえに頼りになり、それを共有していた私たちは、
よそでは得られない特別な心強さが得られたと思っている。
ツイッターが、人を支える方向での増幅力を発揮することも確実にあるのだ。
さて、それで、記事の話題に従って、とりあえず「フォロー解除する側」としての
考えや都合だけで言うなら(本当は「解除される側」でもあり得るわけだが)、
相互フォローになっているのは私の場合ほとんど、直接にやりとりのあった人で、
趣味が同じだったり、以前から面識があったりして、状況がわかっている間柄が多いので、
私からフォロー解除するということは、これまでのところ無かったと思う。
しかし、こちらが一方的に興味を持ってフォローした見知らぬ人が、
上記のように激しいタイプ(^_^;だと徐々にわかって、
TLにそういう人のツイートが現れるたびに気分が滅入るので、
結局フォローを外した、という経験は幾度かしたことがある。
攻撃的なつぶやきが多い人がいると、こちらのTLが不穏になるので困る。
私は力の入ったツイートを書かないので、私宛てに攻撃が来ることはほぼ無いが、
他人宛てのものであっても、怒り全開みたいなツイートは読んでいて不快だ。
たまたま同じ鬱憤を共有していれば、痛快に感じられるのだろうけれど、
共感がないときに、悪感情むき出しのツイートを見るのは、
読む側としておよそ気分の良いものではない。
ツイッターは、ブログよりずっと開かれており、読み手もすぐ向こう側にいるのだから、
議論による発展や説得、妥協など、なんらかの一致点を見いだすことを望む限りは、
かみつくような言葉使いや一方的に責め立てる態度が良いものだとは、私は思わない。
居丈高な罵倒系ツイートを繰り返す人に出会うたびに、私は、
自分がそういうふうに頭ごなしに意見されたとしたら、
「なるほど私が間違っていた。あなたの言う通りだ。本当に私が悪かった」
などと、納得して改心するものかどうか、書く方も考えてみたらいいのに、
と密かに思わずにいられない。
まあ多分、価値観の相違であって、私の考えなどはどうでも良いのだし、
だから黙ってこちらから去るわけだが。
ちなみに私に関しては、そういう具合で「知っている人同士」の相互フォローが多いので、
記事で3位にある「構ってくれない」「レス来ない」等々の苦情は
少なくとも名指しでは貰ったことがない。
私が必ずしも即レスをする人間でないことは、
私をフォローして下さるほどの寛大な方々ならば、先刻ご承知なのだろうと思う。
有り難いことだ。そして相も変わらずの亀レス、すみません<(_ _)>。
@のついたものは必ずチェックしているつもりですが、漏れがある場合には、
お手数ですが再度メンションを下さいましたら嬉しいです<(_ _)>。
2位に関しては、私程度にテンションの低いTLでも、多少は経験があり、
【拡散希望】とついて来るツイートがときどきは、ある。
有意義だと感じる内容のこともあるが、あの地震直後の、
どのような情報もどこかで活用される可能性がある、と思えたときは例外として、
今、私はこうしたものの大半を原則としてRTしていない。
ものによっては内容自体に同意できないこともあるし、
また、私はそろそろ柔軟性が枯渇して来たので、
【拡散希望】という但し書きのついた、僅か140字以内の情報を読んだからといって、
ハっと目が覚めたり、ものごとの見方が急に変わったりすることなど、もはやほとんど無い。
そもそも【拡散希望】で情報を書かれる方も、それをRTで広めていらっしゃる方々も、
主としてご自身のフォロワーさんのうちの、志を同じくする方々を想定されているのであって、
特に私に向けて送って来られることは少ないだろう、とも思っている。
ただ、腹のよじれるモノは別だ。
シヌほど可笑しい話や画像は、単なる公式RTで来たものでも、
見知らぬ人が発信したものでも、私から事実上、積極的に『拡散』している(笑)。
笑えるかどうか、は私にとって、ものごとの判断基準として
一貫してかなり重要なもののひとつだからだ。
何かの縁で繋がったフォロワーさんたちが、ご一緒にひととき笑って下さるならば、
……ということだけは、私はいつも願っている。