地震その後:20日午後2時現在の覚え書き | 転妻よしこの道楽日記

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山交バスHP山形-仙台便は19日から通常の土日祝日ダイヤと同じ1日33往復に
20、21日も同数の予定だが、22日以降は未定。山形-東京の長距離バスも20日から運行を再開する。

JR東日本HP:JR奥羽線と米坂線の運行が20日から暫定ダイヤで再開。
山形から奥羽線-米坂線-羽越線-新潟新幹線と乗り継いで東京へ向かうことが可能に。

ヤマト運輸HP:『茨城県の一部で休止していた宅急便サービスを、3月20日(日)より県内全域で再開いたします。
また3月18日(金)より青森県、秋田県、山形県の全域で宅急便サービスを再開いたしました。』

佐川急便のHP:全国から青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県への
営業店止めサービス」を地域限定で再開。

人工透析が受けられる病院マップ:「日本透析医会-登録施設一覧」に掲載されている、
すべての病院をマッピングしたもの。

放射線量チャート:何をしたらどれだけ被曝するかの一覧。お時間おありの方は、どうぞ。

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東日本大震災:福島第1原発事故 原乳、ホウレンソウから放射性物質--福島・茨城産(毎日新聞)
『◇「健康に影響ない」
枝野幸男官房長官は19日の記者会見で、福島県内の原乳と茨城県内のホウレンソウ6検体から、食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出されたと発表した。暫定基準値は放射性物質にさらされた食品の出荷制限などを検討するためのもので、東日本大震災に伴う福島第1原発の事故を受けて政府が設定した。政府は同日、福島県と茨城県に調査を依頼した。枝野氏は今回の検出と同量の放射性物質のホウレンソウと牛乳を1年間とった場合の被ばく線量に関し、牛乳がCTスキャン1回分、ホウレンソウが5分の1程度と説明。「ただちに皆さんの健康に影響を及ぼす数値ではない。冷静な対応をお願いしたい」と呼びかけた。』

何であれ発表しないと政府が事実を隠蔽したと言われるのだろうが、
こういう、現実には何の問題にもならないことを公表するから、
要らない風評被害が起こるのではないかと、私などは苦々しい気分だ。
私なら、この食品は遠慮無く買わせて頂きますね(^_^;)。
現実問題として、国の基準があるから流通自体しないのだろうけれど。

現時点ですら、そのまま摂取しても何の問題も起こらない数値であるうえ、
I-131の量は8日で半分になり、1ヶ月で1/16、3ヶ月でほぼ0になるので
(東大放射線治療チームのツイートより)、
この数値に関しては、原発問題が解決しさえすれば、どんなに神経の細い人でも、
その後3カ月も待てば気にせず牛乳を飲んで大丈夫、ということだ。
それに、そもそも記事にある茨城のホウレンソウは「露地栽培」限定の話であって、
ビニールハウス内でつくられたものは、今、問題になっていない。

県境を一歩越えただけでピリピリするような、ナンセンスな感覚を
世の中の多くの人が持たないことを、切に願う。
唯一の被爆国、とことあるごとに言う日本の行ってきた戦後の教育が、
核きらい・放射能こわい、
と、数値の大小を問わず被爆を「穢れ」のように忌み嫌う感覚ばかりを、
国民に植え付けてきたのだとしたら、
かなりの部分、失敗していたというほかないのではないか。

原発事故を原因とした放射性物質残留の問題が、
今後さらに拡大するのか、あるいはこのままうまく収束するかが
今、いちばんの関心事なのだから、
懸念すべきなのは、昨日発表された数値がどうとかではなく、
それが今後、どのようなペースで増えていくのか減って行くのか、という点だ。
昨日報告された線量そのものは、気に病むほうが精神衛生に悪く有害だろう。
それでも死ぬほど怖いなら、今後一切の健康診断やレントゲン撮影を拒否するほうが、
ずっと効果的に確実に、被曝を控えることができるだろう。

それにしても、うちのパンスーの祖母は、原爆のとき黒い雨をシッカリ浴びた畑で、
戦後もず~っと家の野菜を作っていて、一家はそれを食べ続けてきたのだが、
あれって結局、なんともなかったんですかね(O_O)。
放射性セシウムのCs-137は土の中に長い間存在して放射線を出し続ける、
って誰か言わなかったっけか?
除染とかいうような話は聞いたことがなかったような気がする(汗)。
今みたいな感覚だったら、誰も畑の近くに寄ることさえしないだろう。
だいたい、あの近所は水田も含めて黒い雨に遭わなかった場所は無いので、
現在のような意識の高さ(?)があったら、うちの村はどうなっていたことか。
毎日くだんの畑にしゃがんでいた祖母は1994年に94歳で亡くなり、
原爆に遭ったとき14歳だった父は現在81歳で健在なのだが、
今となっては、もう畑をする人が我が家には居ないし、
野菜たちは全部、我が家の皆の消化器官を通過したあとなので、
何がどうなってこうなったのか、すべては謎。