ダン・タイ・ソン ピアノ・リサイタル | 転妻よしこの道楽日記

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昨夜18時からALSOKホールで、ダン・タイ・ソンを聴いた。
これはコカ・コーラウエスト株式会社の地域社会貢献活動
さわやかクラシックコンサート』の一環として行われたもので、
応募者の中から抽選で1700名を選び、無料で演奏会に招待する、
という企画だった。

私はこういうものがあるというのを全然知らなかったのだが、
拙ブログを以前から読んで下さっている広島在住の某氏が
招待券が当たって余裕があるのでどうですかと、
お声をかけて下さった御陰で、聞くことができたのだった
(本当に、ありがとうございました!)。

ダン・タイ・ソンは1958年ベトナム生まれのピアニストで、
イーヴォ・ポゴレリチと同年齢、モスクワ音楽院の同窓生でもある。
ポゴレリチが予選落ちした1980年第10回ショパンコンクールで、
第一位に輝き、コンクール史上初のアジア人覇者となったのが
このダン・タイ・ソンだった。
だから時期的には、私は両者をほとんど同時に知ることとなり、
デビュー当時は、ほぼ対照的なピアニストという印象で捉えていたものだった。

しかし私は、最初からダン・タイ・ソンの演奏が好きだった。
あの頃(どうかすると最近でもあったが)、ポゴレリチの強烈な演奏に較べ、
ダン・タイ・ソンのは単なる優等生的で没個性的なショパンである、
という言い方をする人がいたが、私はそうは思わなかった。
80年代に私が東京に住んでいた頃は機会があれば聴きに行ったが、
彼の演奏が年々磨かれ、懐が深くなって行くのがわかったし、
彼がただ几帳面に規範を踏襲するようなピアニストでないことは、
ショパン・コンクールから十年も経てば、既に明かだったからだ。

さて、今回聴いていて思ったのは、私はこの人の音だけでなく、
実はリズム感が大変気に入っているのだ、ということだった。
なんとも小気味良く洗練されたリズム感で、
これが彼の演奏の根幹をかたちづくって来たのだと、
今更ながら気づかされたのだ。

プログラムはショパン・イヤーにちなんだ「オール・ショパン」で、
前半が、8つのワルツ(ホ長調・遺作、イ短調作品34-2、
ヘ長調作品34-3、変ニ長調作品70-3、変イ長調作品42、
嬰ハ短調作品64-2、変ト長調作品70-1、変イ長調作品34-1)、
ボレロ作品19、タランテラ作品43。
後半が、「幻想ポロネーズ」、6つのマズルカ(作品50と作品63)、
英雄ポロネーズ」、となっていた。

演奏そのものは実に安定した大きさを感じさせるもので、
また、ワルツの中に、87年に東京で聴いたときの彼の演奏を
なぜかまざまざと思い起こさせる一曲があって、
この人の根底にあるものは、年月を経ても揺らぐことがなかったのだな、
と感傷的なことを考えたりしながら、聴いた。

しかしそのようなことは別にして、私は最初、気持ちよく音楽に浸りながら、
それにしてもどうしてバラードやスケルツォを弾かないのかな、
と、とりとめもなく考えていた。
誰でも知っているショパンの代表曲を揃えたという選曲とはまるで違うし、
それなりにボリュームのあるプログラムを組んでいるのだけれど、
小品にしても夜想曲や前奏曲は全く出て来ず、エチュード系も無い。
ポーランドものを並べた、……のではないな、ボレロやタランテラがあるから。
では民族音楽という括りだろうか?
でもワルツそのものは、別にエスニックではないだろう。
ショパンの場合、幾分かマズルカ的なワルツがあるにしても。
だとすると、三拍子のバリエーションに拘った?
……と考えていて、途中で、不意にわかったのだ、
これは「舞曲」を集めたプログラムなのだと。

私が、ダン・タイ・ソンのリズム感に着目させられたのも、
ある意味では当然だったのだと思った。
舞曲を集めて弾くならば、リズムこそ聴かせどころの「要」であったのだから。
こうして見ると、ショパンは随分たくさんの「踊り」を描いたのだ、
ということが改めてわかった。
それも様々な角度から、様々な想いや情景を表現して。
舞曲だけで、ひとつのショパン像を語ることができる、
などとは私はあまり考えてみたことがなかった。
ダン・タイ・ソンの感性は、やはり素晴らしい。
ショパンが奥深く、どのような切り口からでも、その都度違った、
豊かなショパン像を見せてくれるものだというのがよくわかった。

英雄ポロネーズで大喝采を浴びたあと、アンコールの一曲目は、
ショパンの『夜想曲作品9-2』。
本プロは終了しているので、もう舞曲ではなかったが、
三拍子系(12/8拍子)で、ここまでの雰囲気に添った選曲だった。
ここで日本人もよく知っている、皆に愛される定番曲を取り上げたというのは、
余興的なファンサービスもあっただろうし、
現在のダン・タイ・ソンの余裕を感じさせるところでもあったと思う。

拍手が続き、アンコールの最後は、意表をついてドビュッシーの、
ゴリウォーグのケイク・ウォーク』。
いやはや最後まで、私の「ダン・タイ・ソンのリズム感」を聴きたい気分に
完璧に応えてくれた選曲で、しかも、やっぱり最後は舞曲で締めた。
本プロの「オール・ショパン」に、ラスト一曲になって初めて「違反」した選曲で、
その真意はわからなかったが、私にとっては実に秀逸な幕切れだった。
私はどうしても、ショパン全体に流れる、じっとりと湿り気のある空気が苦手なので、
最後になって、まるでその部分だけ、異色のドビュッシーで一掃して貰えたようで、
思いがけず、本当に爽やかな気分になれた。
ショパンが描き続けた「舞曲」というジャンルの、ひとつの未来像が、これだった。

万事すみずみまで至れり尽くせりの、完璧なダン・タイ・ソンだった(笑)。