私がテレビ嫌いであることは、ここでも再三、書いているとおりで、
日常、私が自分からテレビをつけることなどまず無い、と言って良い。
しかし家族は私と違いテレビが大好きだ。
主人も娘も、暇さえあればテレビをつけている。
主人など、観る暇が全然ないときでも、テレビを鳴らしている。
『ながら』のほうが、切迫した仕事さえはかどるのだそうだ。
だから、テレビでやっていることを私が目にするのは、
主人か娘のどちらかがテレビを観ているところに、私が同席する、
あるいはそういう場に偶然通りかかる、といった場合であることがほとんどだ。
そのようにして、つい数日前、ふと私の目に入った画面には、
経済評論家の勝間和代氏を迎えての「仕分け」の風景が映っていて、
勝間氏が何か、お役人の英語にツッコミを入れていらした。
この場面は、日本語放送なのに、ご丁寧にも以下のような字幕入りだった。
男性「……ディステネーション…」
勝間「もう一度言っていただけますか?」
男性「ディステネーションです」
勝間「ディスティネーションですね、わかりました」
くだらん、あまりにも、くだらん。
どうでもエエことで時間取るなや、とそのとき私は正直呆れた。
des-ti-na-tionのtiなんて「テ」でも「ティ」でも別の単語になるわけじゃなし、
日本語中のカタカナ発音として、わかるんだから何の問題もないじゃないか、
と思ったのだ。
ところが、だ。
ここからが、本題だ。
どうやらこれはテレビ局による、意図的な編集の結果であったらしい。
勝間氏ご本人は、お役人の英語発音の揚げ足を取ったのではなく、
このときたまたま、相手の発言内容がよく聞き取れず、聞き返したら、
その部分だけを切り取って編集されたものが放送されてしまい、
あたかも、わざと英語発音の誤りを指摘して相手をいじめた、
みたいになっていたということだ。
地上波マスメディアにおける「切り取り」の問題点(勝間和代公式ブログ)
このテレビ番組が、ニュースだったかワイドショーだったか忘れたが、
あそこだけを見た人は、ほぼ全員、誤解していることだろう。
編集されたものというのは、編集人の解釈、場合によっては「予断と偏見」を、
本当によく反映しているものなのだなと改めて思った。
もしも、それ以上のものだとすれば、
制作側の明かな悪意だったということになるだろうし。
やはりテレビなど、あまり真面目に見るものではないんじゃないか(--#)。
それにしても、destinationって、一体何の話だったのだろう?
辞書的な意味は「目的地」や「送り先」などだと思うのだが、
これを日本語でなく、カタカナで言わないといけないような設定が、
私の知識の範囲では、今、どうも思いつかない。
こんなものが日本語での普通の話の途中にいきなり出てきたら、
私だったら三回くらいは聞き返したかもしれない。
日本語でも問題なく言えることをカタカナ語で言われると、混乱させられる。
それとも、ここでは必須の、特殊な業界用語なんだろうか???