第16回ショパン・コンクールの第一次予選通過者の名前が
日本時間の今朝ほど、発表になった。
私は毎晩の実況を全曲くまなく聴き続けるほどには
このコンクールに関心を持っていない、・・・というより、
実はショパンの音楽にそこまで耐えられない(爆)のだが、
それでも、時間のあるときに生中継や録音の音声を時々聴いている。
聴き手としての私は、ショパンはシンドくてあまり続けては聴けない。
ソナタでなくても、バラード4番や舟歌、幻想ポロネーズなどを聴くと、
次の曲はもうショパンでないほうがいい、というくらい私は消耗する。
ショパンは聴き手としての私の、精も根も奪うような面がある。
だからいつも、そんなに積極的に聴きたい作曲家ではない。
しかし趣味でピアノを聴いていて、最もよく出会う作曲家はショパンだし、
ショパンを知ることなくピアノを聴いている、などという人はいない。
つまりピアニストは、必ずショパンを弾かなくてはならない。
ショパン弾きと呼ばれるピアニストと、そうでないピアニストは居るにしても、
ショパンを全く弾かないピアニストなど、ピアニストとして成り立たない。
だから、ショパンだけで競うこのコンクールには特別な意義があると思うし、
ここがピアニストしての登竜門であることも、うなずける気がする。
今回のコンクールでは、イタリアのファツィオリというピアノが、
初めて公式に採用され、第一次予選でこれを選択した参加者が何人もいた。
ファツィオリの音は、音声中継を聴いていてさえ、はっとさせられるような、
明瞭に強く響き渡る、独特のものだと感じられた。
一方で日本のYAMAHAやShigeru Kawaiが選ばれることも多くあり、
これらが今やとっくに、スタインウェイと並ぶところまで来ていることが、
日本で聴いている者としては、やはり嬉しかった。
かわりにベーゼンドルファーが姿を消していたのには驚いた。
中継の映像で見える客席は、さすがワルシャワなので、
若い頃のヤン・エキエルみたいなオジさんとか、
在りし日のチェルニー・ステファンスカに似たオバさんが、
あちこちに座っていて、つい、ウケてしまった(逃)。
また、私としては、今回は審査員席にも注目してしまうのだが、
フー・ツォンがいつでも隣のダン・タイ・ソンを相手に喋っていて、
それも、興奮冷めやらぬように語り倒している様子が垣間見られるので、
ファンとしては、嬉しいような、恥ずかしいような(汗)。
審査員の席順はどうやって決定されたのかわからないが、
フー・ツォンとマルタ・アルゲリッチに挟まれたダン・タイ・ソンが、
今回最も不幸(爆)な席に座った人かもしれない。
アルゲリッチに始終つかまっているネルソン・フレイレにも同情するが
やはり両側を固められているダン・タイ・ソンのほうが大変だろう。
フー・ツォンの疲れ知らずの語りから決して逃れられないうえ、
アルゲリッチとフー・ツォンが、自分の頭越しに喋ったりするのだ。
次から次へと演奏されるショパンに耳を傾けるだけでも大変なのに、
瞬時も休まないパワフルおじーさんとおばーさん(逃)が、両脇に。
私が彼なら、半日で何もかも吸い取られてグッタリだ(逃逃)。
ヤン・エキエル、ピオトル・パレチニというポーランドの大御所は勿論、
既に何歳か完全に不明(!)なアンジェイ・ヤシンスキもいるし、
更に右のほうではフィリップ・アントルモンが目を剥いて笑っていて、
審査員席が映るたびに、ワタクシはその濃さに苦笑を禁じ得ない。
しかし冗談はともかく、これほどレベルの高いコンクールの、
ショパン演奏ばかりを、連日聴き続ける審査員の気力体力は瞠目に値する。
彼らの超人的な感性と集中力があってこそ、成り立っているコンクールだ。
そして、このように偉大な演奏家・教育者たちの前で演奏できる、
というだけでも、若いピアニストたちには人生に二度と無い光栄に違いない。
第二次予選は、明日から10月13日まで連日、行われる。
XVI Competition 2010 Stage II 9 October 2010 Saturday