ひと区切りついてMCになったので、私は座った。
何しろ体力が無くてシンドかったのだ(苦笑)。
このあとは、もしよく知らない曲が続くようなら座っていよう、
・・・とサボることを考えながら、西川氏の話を聞いていたら、
なんだか、ゲストがいる模様。
去年は明石家さんまが登場したよなーなどと思い出したとき、
な、な、なんと!今年は!!
「紹介しましょう・・・浅倉大介ーーーーーー!!」
え。
え、えええええ~~!!!!
思わずシートを蹴って立ち上がってしまった。
見れば、スクリーンには、まばゆいライトに照らされて
白髪みたいに輝く金髪の、大ちゃんが!!
もともと西川貴教というのは、90年代半ばに浅倉大介が見出し、
Takanori Makes Revolutionというプロジェクト名を与え、
全面的にプロデュースして売り出したシンガーだった。
当時の日本の音楽シーンを記憶している世代なら、
accessで活躍した浅倉大介本人のことも知っているだろうと思う。
私が思うのに、浅倉大介は、西川貴教という素材を最大限に開花させ、
本人さえ知らなかった魅力を引きだして見せた人であり、
ファンが最初に支持したのは、大ちゃんによって造型された西川だった。
打ち込み系のポップな歌を強烈な声で聴かせる歌唱力と、
華やかなカリスマ性と舞台アピールとで、西川貴教は今日の地位を築いた。
しかし途中からT.M.Revolutionは大ちゃんの手を離れ、
西川貴教自らがプロデュースするプロジェクトになり、
同じ頃から、ふたりの不仲説も取り沙汰されるようになっていた。
アーティストは「やりたいこと」と「やるべきこと」の間で悩むものだが、
西川氏本来の志向と、大ちゃんの提示するものとの間に、
いつの頃からか、齟齬が生じてきたのではないかと思う。
プロデューサーを降りてからの浅倉大介は、
T.M.Revolutionに曲を提供するだけの存在になったように見えた。
だから、熱烈なファンなら勿論のこと、少しでも西川を知る者なら、
ここで浅倉大介とのコラボが再び見られるというのは、
思いがけない、奇跡のように素晴らしい巡り合わせだったのだ。
西川氏が自分の原点を今なお全面的に肯定しているということが、
カタチとして確認できた瞬間だったからだ。
ふたりの大笑いのMCのあと、西川氏が
「せっかくなのでもういっちょイッちゃいますか!」
と言い(清志郎なら「ももももう一発イくかい?」と言ったところだ)、
大ちゃんも加わって新曲『SWORD SUMMIT』。
SWORD SUMMIT(YouTube)
肩掛けのキーボードを弾く大ちゃん、歌う西川、
10年前ならテレビでよく見かけた光景だったが、
まさかそれが今ここで再現されようとは!
西川貴教、故郷・滋賀で2度目の野外フェス開催
“恩人”浅倉大介と10年ぶり共演(ORICON STYLE)
曲が終わって、がっつり抱擁し合った二人に、
15000人の拍手と大歓声が。
凄い、凄いぞ、なんという誕生会(笑)なんだ!!
・・・そして、ああ、私は、またしても、休み損なったのだった(殴)。
(続)