代演可能 | 転妻よしこの道楽日記

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『summer flu 夏風邪』(公式発表)によりザルツブルク音楽祭出演を
キャンセルしたポゴレリチにかわり、代演は、
28日が小菅優(ショパン:ピアノ協奏曲第一番)、
31日がポリーナ・レスチェンコ(ショパン:ピアノ協奏曲第二番)、
と発表された。

小菅優のほうは、さっそく「アンファン・テリブル」と新聞評が出ていたし、
レスチェンコはマルタ・アルゲリッチの「秘蔵っ子」なのだそうで、
アルゲリッチ―ポゴレリチの関係性が見えるような気がして楽しみだ。
そういえばポゴレリチ本人もこれまで幾度も代演を引き受けて演奏会に出演し、
喝采を浴びたこともあればブーイングの嵐だったこともあるが(汗)、
いずれにせよ、居合わせた観客にとってみれば、
代役公演もまた、ひとつの出会いとなる可能性が十分あるわけだ。

クラシック音楽だけでなく、バレエでも演劇でも、
急な代役が思いがけないハマリ役となって大成功を収める例はよくあって、
貴重な代役公演を「幸運にも」観る(聴く)ことができた、
などという伝説になることさえある。
その点、昨日も某氏に指摘されてナルホドと思ったことなのだが、
ロック関係のライブになると、代役は基本的に不可能だ。
同じようにチケットを売って同じように生で催し物をやっていても、
代役公演が成立するジャンルと、そうでないジャンルがあるということだ。

例えばの話、清志郎が体調不良で今度のライブに出られない、となった場合、
その時点で近所にいて同じ曲目で歌える人がいれば、
女の子でも外国人でもいい、巧けりゃ代役ライブもまたよろしい、
などとは、興行側も観客側も、誰も考えない。
清志郎以外のバンドメンバーがそっくりそのまま同じであっても、
これは最初からお話にならない。ライブは中止、全額払い戻し以外にない。
本人不在でも観客の気持ちがひとつになるのは、追悼イベントくらいだ(爆)。

多分、クラシックや演劇の多くのものは、
出演者と並んで「演目」「曲目」という部分も、
その舞台を構成する大切な要素だからだろう。
例え出演者は一部違っても、同じ演し物なら鑑賞してもよい、
という了解が、ほとんどの観客の間に最初からある。
ライブはそうではない。ひとえに出演者を観に(聴きに)行くものだ。
当の本人が歌うなら、曲目は予定外のものであっても大歓迎されるが、
別の人が歌うとなると、いつものナンバーを揃えて貰っても、
それはもう、別のライブなのだ。
これは出演者が大物か新人かには全く関係がないと思う。