ポゴ・ファンのクロアチア青年から昨夜メールが来ていた。
『ヨシコ。僕らの敬愛するマエストロの日本公演は、どうだった?』
ウゲ。
今回はまた、ちょっとやそっとで語れないほどいろいろあったというのに、
『どうだった?』って、えらく簡単に訊いてくれるやないの。
しかも英語だよ英語。
先方もto-のあとが原形でなく過去形になっているオモシロい人だが、
私のほうの英語の不自由さは、それを上回る。
『我らがマエストロは、先週、無事に日本公演を終えました。
私はひとつのコンチェルトとふたつのリサイタルを聴きました。
コンチェルトはアメイジングで、5000人の聴衆が熱心に拍手をしました。
私が事前に予想した中で最大の成功でした。
マエストロのために、とても嬉しく、誇らしかったです。
東京のリサイタルは、これまで以上にエクセレントかつユニークで、
たくさんの人が喝采し、立ち上がり、大きな拍手が長く続きました。
でも怒っている人も寝ている人もいました。
福岡のリサイタルは、私にとってとてもエキセントリックでした。
なぜなら彼は、三時間、演奏を続けたからです。休憩なしに。
プログラムは東京と同じでしたが、演奏会の雰囲気はとても違いました。
マエストロは、あたかも狂った人であるかのように弾いていました。
たくさんの人が途中で帰りました。でもブラボーと言った人もいました。
友人と私は、とても感銘を受けましたが、同時に、怖かったです。』
・・・・・・。
おばさんの語る、「せんせい、あのね」だ。
が、動かし難い真実が表現できたことも感じた。
そのまま送信した(逃)。