Dietrich(1) | 転妻よしこの道楽日記

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昨日12時半公演の『ディートリッヒ』@梅田芸術劇場を観た。
たかこ(和央ようか)さんの前作は08年『CHICAGO』だったが、
そのあと『Super Monkey』降板(公演中止)という一件があったので、
今回のは、一年4ヶ月ぶりの舞台復帰だった。

この舞台については、たかこさんをある程度長く観て来たファンなら、
『(良くも悪くも)やはり和央ようかだった』
と感じた人が、多かったのではないだろうか。
たかこさんはディートリッヒの後半生を時間軸に添って演じたのだが、
私にとっては、どこを切っても最初に目につくのは『和央ようか』で、
それゆえ魅力だと思えた場面もあれば、違和感の元になった箇所もあった。

良かったのは最初の場面で、軍服姿のディートリッヒは、
やはり男役で長年、舞台の真ん中に立ってきたたかこさんならではで、
観客の視線を集めるに足る、目覚ましいものだったと思った。
もうひとつ印象的だったのは、二幕最後の場面の白いスーツで、
これまた、たかこさんのスタイルと着こなしが最大限に活かされ、
際だつような存在感があった。

これらに較べると、ドレス姿が意外に平凡なのが残念で、
特にディートリッヒが見出されてカメラテストに来たときに、
最初、私服姿での立ち方が洗練されていないのは演技だから良いとして、
そのあと、一旦引っ込んで、衣装をつけた彼女がどれほど美しいかを
台詞でかなり前フリされてから、改めて登場する流れになるのだが、
これが、少なくとも私にとっては、盛大な肩すかしだった。
あそこは、うわ~!別人!!と思うくらい、キメて欲しかったのに。
まあ考えてみるとたかこさんは宝塚時代から、
私が勝手に「来るぞ来るぞ!」と待っているような瞬間に限って、
サラっとカワして通り過ぎてしまう、という傾向はあったので、
この舞台も、そういうことなのかなとも考えてみたのだが・・・。

しかしそのようなことより、私にとって今回最も気になったのは、
たかこさんの存在だけが、時間を超越しているものに見えたことだ。
ディートリッヒはほかの登場人物と同じ時間を共有し、
筋の通った熱い思いも表現し、感情を吐露する場面も台詞もあるのに、
私にとっては、たかこさんのディートリッヒは、いかなる場面でも、
前の場面と時間的には繋がっていないように見えた。
いつも「ディートリッヒ」であるのみで、全く変わることがなく、
年月の経過も境遇の変化も、彼女にはいささかの陰も落としていなかった。
それはまるで、登場人物たちも私たちも、一緒に同じ夢を見ていただけで、
「ディートリッヒ」という人間は、実は本当には存在しなかった、
「ディートリッヒ」は幻影で、反戦・平和を願う人たちの思いの象徴だった、
・・・みたいな感触だった。

面白かった、と言えば、まあそうなのだが、これは演技的にはどうなのだろう。
少なくとも、何かの「齟齬」のような不思議な違和感が私にはあった。
たかこさんは、というか元々が男役の「和央ようか」は、どこまでも虚構で、
もしそれを女優としても貫くのであれば、今回のように、
生きているホログラム?みたいな、不可思議な存在になってしまうのでは、
・・・という気が、観ながら、しきりと、した。

(続)