6月に姑が亡くなって、もう半年近く経つのだな、
と思いながら、きょうは喪中葉書の印刷をした。
『しきたり』の本などによると、喪中葉書は、
礼儀として、11月後半から12月前半、
世の中の方々がお年賀状の準備を始められる前に
到着するように発送するのが良い、ということだ。
しかし喪中葉書というのは、出しても案外忘れられるというか(汗)
出したにも関わらず、やっぱりお年賀状を頂戴してしまう、
ということが、結構、あるように思う。
少なくとも、あまり早く出すのは考えものだ。
早めに出して即座に忘れられては、なんにもならない。
受け取る側になった場合の、自分自身への反省も込めて言うのだが、
多分、喪中葉書を受け取ったときには「そうか、今年は・・・」と、
先方の事情に一瞬(!)考えが及ぶのだけれども、
それから日にちが経って、いざ、年末が近づき、
凄い勢いで年賀状を印刷する、という段階になると、
結局、個別の事情を忘れて去年の住所録で一気に刷ってしまい、
例年通り送ってしまう、ということが多いのではないだろうか。
転勤のたびに転居通知なども出していたが、これなど、
もう、喪中以上の高確率で「なかったこと」にされた記憶がある。
そういう事態が充分予想できるので、
今年は、寒中見舞い葉書も用意しておかねばならないと思っている。
娘などは、年賀状にイラストを描くのを楽しみにしており、
お仲間も似たような趣味を持つ面々なので、今からもう、
「来年用は、お互い、寒中見舞いってことで、ヨロシク!」
と学校で言ってまわっているとのことだ。
ということで、こちらをご覧下さっている皆様には、
この場をお借りしまして、予め、申し上げたいと思います。
かような状況ですので、年末年始のご挨拶を失礼させて頂きます。
本年中のご厚情にお礼を申し上げますとともに、
明年もまた、変わらぬご指導とご交誼をお願い申し上げます。
・・・ってことなので、今年は、12月29日や30日になってから、
パソ太が反抗期だの、CD-ROMドライブがかどわかされただのと
一家で大騒動をする事態には、ならない。
と思いたい。