やっとやっと文化祭バザーが終わって、
きょうは心おきなく、休息の一日、
・・・・・・だったと思いますか。
んなワケない。
本日と明日は、私の実家のある村の、年に一度のお祭りだ。
♪村の鎮守の神様の~今日はめでたい御祭り日~♪、
というのは、風化寸前の童謡の世界だと思われているだろうが、
私の実家界隈では、昭和の半ば頃から時が止まっているので、
今でも『祭り』といえば、村を挙げての一大行事だ。
親類縁者が集って、煮染めとお寿司をつくり、
家長による、一年の労を労う挨拶ののち、全員で食事をし、
夜には神社に繰り出すのだ。
当然、私にも母から動員がかかっていた。
これまでは「転勤先で、遠いから」とか、
「嫁ぎ先の舅姑の看病があるから」とか
「娘の学校行事(=A中高文化祭)があるから」などと、
いろいろ理由をつけて、前夜祭のほうはサボっていたのだが、
今年は、そういった事情が何もなく、娘も代休で家にいたので、
断る理由が、なかった(汗)。で、行った。
朝から、母や叔母と一緒に、押し寿司を作って、折り詰めにして、
次にはゴボウ山芋こんにゃく人参などの入った煮物を作った。
家長(一応・爆)である父は、実は寿司も煮物も嫌いなのだが、
なぜか昔から実家では、祭りのメニューがこれと決まっている。
少なくとも曾祖父の代からやって来たことらしい。
しかも、未だに山ほどこしらえる。
御陰で、母など、昨年は、大量に残ったお寿司を冷凍し、
年末までかかって、ちょっとずつ食べたと言っていた。
どうして毎年、性懲りもなくこんなことをやっているのか、
私は内心、かなり疑問に思っているのだが、
親戚の前でヘタなことを言うと、皆から叱られるので、
きょうも逆らわず、作業を手伝った。
秘境においては、世の中の常識もロジックも無価値だ。
すべてに優先するのが、先祖代々の因習だ。
多分、途中で変えたりしたらタタリがあるのだろう。
働きながら、私たちの話題は、何かの拍子に、
今は亡き祖母のことになって(例の、パンスーの祖母だ)、
「おばーさんは、真冬でも裸足だった」
「昔、祭りの頃、この家のあたりは極寒で、
外で式典に参加していたら、雪が襟首からどんどん入ったが、
おばーさんは、ものともせずに、立っていた」
「たどんのコタツが壊れてからは、電気ごたつを『強』にして
『さぶいけ、ケツあぶって寝にゃ』と言っていたものだった」
「夏に、おばーさんは、タクシーに乗ったとき、後部座席で、
いきなり『なんでこがいに暑いんかの』と日傘を広げたことがあった」
等々と、だんだん、スゴい話になって行った。
あの世で、パンスーの祖母は、どう思ったことか。
こういうのも、縁者が集まって故人を偲んだことになるのか。
等々と、私は何か居心地の悪い気がしたが、
ともあれ、ようやく祭りの定番メニューが完成した。
そして、では晩ご飯にしよう、という段になり、私の母がしみじみと、
「今年も、こうしてみんな元気で、よう手伝うてくれて、
御陰で、無事に、こうやってお葬式をすることができて」
と、とてつもない言いまつがいをし、皆、沈黙ののち、シヌほど笑った。
前夜祭の今夜は、遅くまで神楽が披露され、実家の皆も半徹だが、
私は、転夫ころもんの晩ご飯もせねばならないので、
きょうのところは、早々に帰ってきた。
それにしても、着込んでいったのに底冷えのする一日だった。
やはり実家界隈は標高が違うと思い知った。
明日はいよいよ、本葬、じゃない、本祭があるので、
またしても、あの山奥へ、午前中から行かねばならない。