フー・ツォン ピアノ・リサイタル | 転妻よしこの道楽日記

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昨夜、京都府立府民ホール「アルティ」で、
フー・ツォンのリサイタルを聴いた。
素晴らしかった。本当に、聴けて良かった。

最初、ステージに現れたフー・ツォンの印象は、
前より痩せて見え、背も曲がり、足取りもゆっくりとしていて、
ああ、おじいさんになったんだ、
と一瞬、いとおしいような気分になったが、
いざ演奏が始まると、そのような自分本位な感傷は消し飛んでしまった。

フー・ツォンの、おそらくもう、自由自在とは言えないであろう、
傷んだ手から紡ぎ出される音は、不思議なほど生命力に溢れていて、
以前よりもっと、音楽の美しい泉で戯れるような響きになっていた。
そして、そのように深淵な音楽の世界を、
ユーモアを持って楽しもうとする大きな余裕さえ感じさせた。
私の記憶にある、90年代初期の、彼の50代のときの演奏よりも、
更に伸びやかで朗らかな音がたくさん、生き生きと零れ出てきて、
演奏家としての彼の無限の瑞々しさを改めて強く思い知らされた。

曲目は、ハイドン没後200年に寄せての、オール・ハイドンで、
前半がソナタ第31番変イ長調、第47番ロ短調、第59番変ホ長調、
後半がソナタ第34番ニ長調、アンダンテと変奏曲ヘ短調、
それにソナタ第60番ハ長調で、それぞれ一度も袖へ引込むことなく、
拍手に答え立って一礼したほかは、ほとんど一息に演奏された。

休憩時にプログラムの森岡葉氏の文章を拝見していたら、
フー・ツォンの、ハイドンに関する言葉を読み、なるほどと、
今の彼の心境や立ち位置について、納得が行った。
フー・ツォンは、
『ハイドンは凄い作曲家だ。老年になっても、いたずらっ子のように明るく無邪気な童心を持ち続け、知性とユーモアにあふれた音楽を書いている。機知に富んだ和声の響き、緩徐楽章の美しさは、聴く人の心をとらえて離さない』
と語っていた。
それこそまさに、現在のフー・ツォンの心境や理想に相通ずるもので、
近年のフー・ツォンが積極的にハイドンを手がけるようになった理由も、
よくわかるような気がした。

本プロのあとアンコールの前に、
ロマン・ロラン研究所理事長の西成勝好氏との対談で、
フー・ツォンが「父フー・レイとロマン・ロラン」について語る
という短いコーナーがあった
(尊父フー・レイは、大変著名なフランス文学者・翻訳家だった)。

フー・ツォンは、微笑みながら、落ち着いた声で、
父の書斎にあった『ジャン・クリストフ』を読んだ10歳の頃の思い出や
(フー・レイは10歳の息子にこのような本を読ませるべきとは
まだ考えておらず、フー・ツォンは父に内緒でこれを読んだ)、
そうした文学や父の教えが、どれほど自分の人生の基礎になったか、
留学以降、故国を離れてからは、父が、友人か同輩に対するように
対等の視点から、心込めた助言や励ましの手紙を書き送ってくれたこと、
東洋と西洋の文化の融合により文明の理想が実現することを、
亡き父が思い描いていたこと等々を、明晰な英語で語った。

トークのあと、アンコールが一曲、演奏された。
これもハイドンで、ソナタ第46番の第二楽章だった。
聴きながら私は、ハイドンにとって先人であった、
バッハやスカルラッティが、脈々とハイドンの中に生きている、
と、不意に感じた。
ハイドンはこんなにも多彩で、表情豊かな作曲家だったのであり、
見事な弾き手に巡り会ったときにこそ、その真価が発揮されるのだ。
もし、ハイドンを、モーツァルトより単純な、
ややもすれば学習曲のような位置づけでしか弾けないとしたら、
それはひとえに、演奏者の不勉強によるものなのだ。

この演奏会が決まったとき、75歳のフー・ツォンを、私は、
どこか労るような気持ちで迎えるつもりになっていたが、
私は完全に間違っていた。
今回のリサイタルは、年齢も肉体的ハンデも全く感じさせない、
見事な、輝かしいものだった。
今や押しも押されもせぬピアニストとなったフー・ツォンが、
亡き父の掲げた理想に対し、自身とその音楽をもって、
少しも気負うことなく、あまりにも鮮やかに、
応えてみせたリサイタルだったと思った。


追記:森岡葉氏がブログで昨日の演奏会について書いて下さっています。
フー・ツォン コンサート(May Each Day)