『皆だめじゃねえか皆』 | 転妻よしこの道楽日記

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私「是非とも応援したい候補や政党が見つからない」
夫「誰も彼もダメとなれば、自分が立候補するしかない」
私「金ない時間ない体力ない能力ない人脈無い」
夫「だったら、一番我慢できる候補者や政党に入れるのが最善だ」

という会話を、各種選挙が近づくたびに家で繰り返してきた。
このままでは来月もきっと、同じことになるのだろう。
まあ考えてみると私は自分勝手な人間なので、
特定の政治家や政党の主張にひとつひとつ共鳴して支持者になる、
などということは、なかなか難しいワケだ。
それでも、私は投票には毎回ちゃんと行っている。
主人の言葉を待つまでもなく、そのときどきの候補の中から、
最も妥協点を数多く見いだせる人なり政党なりを選んで入れている。

投票しないことが「無言の意思表示」だとは私は思わない。
選挙に参加しないということは、私から見れば、
「自分は意思表示の権利を与えられているにも関わらず、行使しない」
ということであり、そうやって黙っていたくせに、
自分が良いと思う世の中にならないと文句だけ言い続けるのは、
「どうせ、アタシの言うことなんか聞いてくれないんだもん」
とすねる子供みたいなものだと思うのだ。
自分の考えが通ろうが通るまいが、意思表示だけは続けるべきだと思う。
どのような世の中になろうと、黙ってすべて従う、
という覚悟や諦念がある場合以外は。

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それにつけても、思い出すのだが、
今は亡き赤尾敏先生が、かつて、痛快なことを仰っていた。

『なんだこの今の政党は!』
『自民党は国賊みたいだ。賄賂取ったり嘘ばっかり言ってんだから』
『自民党なんかに入れるものはバカだ。いっぺん落っこちたらいいんだ』
『(野党は)国家を改革するのは良いけれども非日本的な立場だ』
『社会党共産党がいいと言って入れるやつはバカだよバチが当たるよ今に』
『くっだらないことばかり放送して』
『新聞社マスコミが国を滅ぼす。そいつらの選挙ですよ』
『マスコミが持ち上げたら、すぐ当選圏内行くんだ』
『どんなに努力したってマスコミに消されたらおしまいなんだ』
『ふざけてるぞこんなもの。皆で国を潰してる』

いつの発言かというと、1989年の参院選当時の、
御年90歳の赤尾敏先生の政見放送のものだ。
あれから20年も経っているのに、現状は全く変わっていない。
政党名をちょっと言い換えるだけで、そのまま、
2009年の今、通用する話ではないか。

私は、有権者として赤尾氏を特に支持したわけではないのだが、
この方の政見放送は、毎回、とても楽しみだった。
極左から極右に転向なさったというご経歴が、
さもありなん、という感じで、コタエられなかった。
右翼の言うことなんかとハナから否定するのは勿体ないと思ったものだった。
私は多分、政治家としてではなく思想家としての赤尾敏氏に
当時、ほかの人にないものを感じ、興味を持ったのだと思う。

赤尾センセイは、金もない知名度もない泡沫候補も、
その主張を有権者に伝えることのできる、公平な選挙を望む、
と、立候補のたびに仰っていた。
このことを発言するために、自分は立候補したのであり、
参議院議員の肩書きが欲しくて出てきたのではない、と
(=『参院なんか眼中にないんだ』)。
テレビや新聞が自分らに都合の良い解釈をまぶして報道し、
そこで繰り返し取り上げる政治家ばかりで選挙が行われるなんて、
皆、どこを見てるんだ、と先生はお怒りだった。
それが自分の国・日本を大切に考える態度か!と。

私たち各自の支持政党がどこであろうと自由なのは当然だが、
この主張は極めて妥当だ、と、私はあれからずっと思っている。