ある意味では安定 | 転妻よしこの道楽日記

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姑は、このところ、特養で変わりなく過ごしている。
ほぼ寝たきりで、胃瘻を通して栄養や水分を取り、
昼夜問わず痰の吸引をして貰って、ウトウトしていることが多い。
目が覚めると、話しかけるような声を出してくれる。
状況の理解は難しいようだが、目は合うし、笑顔も出る。
平熱の日を見計らって、機械浴で入浴もさせて貰っている。

2005年11月に特養に入った頃は、すでに認知症ではあったが、
活発に(一方通行気味でも)会話できたし、食欲も旺盛だった。
一時期はベッドの柵に足を乗せたり、
寝返りを繰り返したりして、自分で体位を入れ替えることも出来た。
それが、ほんとうに目に見えないほど少しずつだったが、
発音が曖昧になり、動作も緩慢になった。
2007年秋頃には、固形食が難しくなり、ミキサー食に変わり、
この頃からむせる回数も増えた。体重が落ちた。

それでも、去年の夏まではほとんど変わりなく、
姑は一日の大半を、車椅子に座って起きていることができたし、
スープやムースのようなものなら、喜んで食べていた。
が、8月下旬に食事を誤嚥して呼吸困難になったことから、
肺炎を起こしてしまい、入院することになった。

肺炎が落ち着いたあと、胃瘻造設の手術を受けたが、
結局、姑は、11月に退院できてからあとも、
夏以前の状態にまで戻ることはなかった。
入院で三ヶ月近くもベッドで過ごしたので、
退院後も結局、寝たきりになってしまったのだ。

こうして少しずつ衰えて行くのかなあと、
きょうも、姑の寝顔を見ながら、思った。
この三年で、姑は明らかに衰弱したし、病状も進んでしまった。
だが一方で、いつも言うことだが、姑が穏やかに過ごせていて、
苦痛が少ないのであれば(皆無であるのが理想だが)、
私としては、特にリハビリなどしなくてもいいと思っている。
年齢が高くなれば、枯れるように老いるのはむしろ自然なことだからだ。

社会復帰を目指す若い人なら、つらいリハビリを繰り返す意味もあるが、
姑は既に、このところ何年も車椅子生活だし、食事も全介助だった。
体が痛いのに我慢して車椅子に座り続けたり、
むせかえりながら食事の自力摂取に努めたりすることが、
果たしてどれほど姑を幸せにしただろうかと考えると、
私は、もう今の段階では、積極的な訓練など、
別にしなくていいのではないかと思うのだ。

欲を言えば、もう少しだけ慢性気管支炎が落ち着いて、
外泊、無理なら外出程度の時間でもいいから、
自宅に戻れるようになるといいのにな、と思う。
それも姑には負担になるだろうか?
なんとなく、家に帰ってみるのは良いことのように思うのだが、
私の自己満足だろうか。
痰の吸引が頻回なので私ひとりで対処できないかもしれないが、
ヘルパーさんや訪問看護など、外泊でも自費で良いなら頼める筈だ。
温かくなったら、この点を、
園の主治医の先生に相談してみたいと考えている。