
蘇我氏の氏寺で、蘇我馬子によって596年に建てられた。
もとはもっと広大な敷地の寺院で、
中大兄皇子と中臣鎌足が出会った蹴鞠会なども、
この寺院の庭園で催されたと言われているが、
後に、農地改革で縮小されて現在のかたちになったようだ。
蘇我入鹿の首塚も寺院を出てすぐの場所にあった。
大化の改新で処刑された蘇我入鹿の首が、
火を吹いてここまで飛んできた、という伝説があるそうだ。
飛鳥寺の本尊は、推古天皇が帰化人の鞍作鳥に命じて、
609年に造らせたという金銅仏の釈迦如来坐像(飛鳥大仏)で、
東大寺の大仏より更に150年ほど昔のものだと推定されている。