
数年前にその名を知り、とても質の高い演奏だと評判を聞いて、
聴きたいとずっと思っていた、ネルセシアンの演奏会に、
ついに、行った。
会場は、山口県防府市の『アスピラート』。
パーヴェル・ネルセシアン氏は1964年モスクワ生まれ。
モスクワ中央音楽学校、モスクワ音楽院に学び、
日本でも著名なセルゲイ・ドレンスキー教授の門下生だった。
85年のベートーヴェン国際コンクールで2位、
91年のダブリン国際コンクールで優勝、
現在はモスクワ音楽院の教授を務めるという、
ロシアの最も正統的な経歴を持つピアニストだ。
きょうは、たまたま昼の公演になってしまったが、
今回のプログラムには『夜曲』というタイトルがついていて、
秋の、透き通った夜に聴くのに相応しい楽曲ばかりが選ばれていた。
リスト:ウィーンの夜会
シューベルトの主題による ワルツ-カプリス6番
シューマン:夜曲 作品23
ベートーヴェン:ソナタ嬰ハ短調 作品27-2『月光』
ショパン:子守歌 作品57
ショパン:夜想曲 作品48-1と2
ラヴェル:夜のガスパール
まず、とにかく音が綺麗なことに驚いた。
一音一音が、本当に煌めくような光を放っていて、
特に高音の上質さと言ったら、目を見張るほど見事だった。
この演奏会は、(株)松永ピアノの主催で、
本日使用のスタインウェイDは松永製作アクション仕様、
とプログラムに明記されていたので、
ネルセシアン氏の磨き抜かれたテクニックに
特別によく反応する楽器であり、
彼の要求通りの調律がなされていたのだろうと思った。
ネルセシアン氏は、その音色だけでなく、
楽曲へのアプローチも、マナーも、
どの角度から見ても高度に洗練され、大変に紳士的だった。
そして、激しい曲でも絶対に乱暴にならず、
どこまでもエレガントで上質な音楽なのだった。
最高級のテクニックなのに、それを誇示する弾き方ではなく、
会場の隅々にまで質の高い響で聴かせることを念頭においた、
余裕と客観性のある演奏だったと思った。
アンコールは三曲あり、いずれもショパンで、
最初が、ワルツ(遺作)ホ短調、次が前奏曲28-4、
最後がエチュード作品25-2だった。
アンコールの選曲や雰囲気に至るまで、
本編のコンセプトとの齟齬が全くなく、首尾一貫していて、
本当にセンスの良い演奏家なのだとよくわかった。
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演奏会終了後、サイン会があった。
予定していた帰りの列車までまだ時間があったので、
私も、皆に混じって列に並んだ。
私は、会場で買った2007年来日公演の実況CDに
サインをして貰うことにした。
ネルセシアン氏はそこに、ロシア語の筆記体で名前を書いて下さった。
そのとき、大昔に習ったロシア語の片鱗が、
二十年ぶりに、不意に、私のおぼろげな記憶の底から蘇って来た。
この一語しか言えんが、今、言わんでどうするっ!
「Спасибо!(スパシーバ=ありがとう)」
ネルセシアン氏は途端に目を上げて私を見つめ、笑顔になって、
「Спасибо!Спасибо!」
と繰り返し、幾度もうなずいて下さった。
いや~~~、どの言語でも『ありがとう』だけは、
言えるようにしとくのがいいなと、思い知ったことだった。
早速クロアチア語の『ありがとう』を練習しておかねば(殴)。
そういえば、友人某子は、昔、ブーニンに惚れ込んでロシア語を習い、
以来、ソビエトの演奏家が来ると、誰彼構わず、
「Я люблю тебя!(愛してる~!)」
を連呼していたものだったな(爆)。