まだ言うか | 転妻よしこの道楽日記

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姑は御陰様で抗生剤解熱剤の効果も出て、
呼吸がラクになり、落ち着いて来たようなのだが、
あれから私のほうが入れ替わりに発熱してしまい、
今、頭痛と扁桃炎でラリっている。

にも関わらず、見過ごせない記事に出会ってしまった。

28 ans après, un pianiste conteste sa défaite au Concours Chopin
(2008年8月18日(月)付 LIBERATION.FR )

ポゴレリチはかねて公表されていた通り、
4th International Music Festival "Chopin and his Europe"
という音楽祭で15日初日に演奏することになっていたのだが、
はてワルシャワとは和解したということなのだろうかと
私があやぶんでいた通り、彼はやはり、騒動を起こしていたのだった。
28年後にして、またしても新たなスキャンダル(汗)。

記事によると、28年後の今に至るまで、ポゴレリチは、
自分のワルシャワでの敗北(1980年第10回ショパン・コンクール時、
第3次予選で落選したこと)に関して納得しておらず、
真の事情をはっきりさせろとワルシャワに対して要求したそうだ。

そして、今回の音楽祭に招聘され弾くことは決まっていたのだが、
『金曜日になって、土壇場で、ポゴレリチは、当初公表されていた、
ショパンの夜想曲とソナタのプログラムで弾くことを拒否し、
ラフマニノフの2番のコンチェルトを演奏するに留めた』。

彼のラフマニノフの解釈に批評家は怒り狂ったが、聴衆は喜んだようだ。
にしても、『金曜日に』というのはつまり15日の演奏会当日のことだ。
28年経ってもまだ言っているプライドとシツコさも相当だと思うのだが、
音楽祭からの招聘に応じておきながら、当日になって、
ショパンは弾かない・ラフマニノフの協奏曲だけやる、とゴリ押しするとは、
相変わらず、その性格どうにかならんか的な彼らしい行動だと思った。

これだけ打ったら私は手が震えました。
内容に呆れたからではなく、発熱のせいです。と思いたいです。
また、フランス語記事を誤読していましたら、それは熱のせいではなく、
単に私の語学力がいい加減であるせいです。お詫びします。