午後、舅宅を片付けて、中区に戻ってきた。
二泊しかしなかったのと、暑すぎて外の用事が出来なかったのとで、
早朝に僅かばかり草抜きをし、剪定の真似事をした程度で、
庭はまだまだジャングル状態を脱し切れていないまま、
別荘滞在(爆)が終わってしまった。
お盆明け頃にまた宿泊を計画しているのだが、
それまでにも通いで少し手入れに行きたいと思っている。
舅宅がほったらかしでジャングルだと言ったら、
某氏が『陰陽師』みたいで良いではないかと仰ったのだが、
もう、この際、そっち方向で異彩を放つ家を目指したほうが
私には適しているかもしれないと、今回は真面目に思った。
丈の高い雑草がうっそうと茂るエントランスから
どうにか玄関まで辿り着いたら、
部屋着か寝間着かわからないものを着たオバちゃん(私)が
何か焚いていて、化粧気のない顔をあげて、
「このように草の生い茂る塚までお訪ね下さるとは――」。
娘には背後で笛を吹いていて貰おう。
一日中、何か聞き取れない話をし、歌まで歌う楽しい姑も、
ライティングなど工夫すれば鬼気迫って見えるかもしれない。
「お盆宿泊プラン『陰陽師』」。
セールスマン撃退には最適。舅も帰って来易いかも(殴)。
ところで、今回、舅の墓参りに行くのに、主人が盆灯籠を買った。
広島では、お盆には、和紙を貼った竹細工の灯籠を
墓参りの人たちがてんでに購入して、墓前に供える習慣があるのだ。
初盆なら白、それ以外ならカラフルなのを供えることになっている。
ところが、この週末、灯籠を持って墓に行ってみたら、
なんと、うちの墓には、灯籠を立てるスペースが、なかった(汗)。
墓石を決めたとき、灯籠立てはつけなかったのだが、
なんとなく我々は、墓の横か前に、砂地か土の通路でもあって
そこに挿せるような気がしていたのだ。
だが、墓の周囲はすべてコンクリートだった。くっ、短慮であった。
あたりを見渡すと、墓によっては、竹筒を地中に埋めたり、
ブロックを立てて置いたりして、灯籠立ての場所が、
あらかじめ設定されているところもあった。
仕方がないから、主人は、そういう灯籠用の穴のあいている、
全然知らない人のお墓に、買って来た灯籠を立てた。
我々は、頭を垂れて、見知らぬ人の墓前で南無阿弥陀仏と唱えた。
広島は旧盆なので、この時期、墓所全体を見回しても、
灯籠の供えられている墓は、まだ、全くひとつも、なかった。
私たちは逃げ帰った。
供えたところをご住職様に見られていませんように(殴)!!