
昨日は日付が変わる直前に家に戻ってきて、
きょうはさすがに眠くて、ダルダルだった。
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『婦人画報』5月号が「音羽屋の芸と家」の特集だと
ネットの情報で知ったので、買って来た。
「婦人画報特製 音羽屋好み 菊五郎格子」という手ぬぐいも
付録で、ついていた。
中身は、オールカラーで36ページにわたる特集、
それに表紙も、富司純子さん寺島しのぶさん母娘の写真だ。
菊五郎のインタビューによると(写真が中年の頃の梅幸似でビックリ)、
菊五郎自身が若かった頃は、台本が狂言作者の手もとにしかなく、
役者は台詞を抜き書きした紙きれしか貰えなかったそうだ。
だが今は台本どころかビデオやDVDまで手に入るから、
役者さんたちは経験がなくとも、誰に教わらなくとも、
最初から芝居の全容を簡単に知ることができるようになった。
「今の若い人たちはできるようになるのが速いです」
と菊五郎は言う。
菊五郎の話は、台本に関する事実を述べただけのものだが、それでも、
必死で先輩方に教えを乞い、手探りで芝居を組み立てていった世代とは、
今の若い俳優さんたちは苦労の仕方が大きく違うだろうし、
楽して手に入れたものは、もしかしたら抜け落ちるのも早いのでは、
………と、私は素人だがいろいろと想像してしまった。
しかし菊五郎はそのような若い世代の役作りのあり方を
単に安直であるとして切り捨てたりはしていなかった。
『すぐに出来てしまうのが良いか悪いかはわからないけれど、
チャンスがあるのなら避けることはない、どんどん演ればいい』
と肯定していたのが印象的だった。
また、今度の團菊祭では弁天の通しをやるので、
ファンの私としては、これを知って以来、かなり気になっていたのだが、
『65歳の弁天があり得るのかありえないのか』
と菊五郎本人が言っているのを読んで、
なんとかして観られないものかと、またしても思ってしまった。
………昨日、道楽旅行から帰ったばかりだってば(殴)。
一方、息子の菊之助のほうも、
『歌舞伎は必ず残る。そう思っています。危うくなるとしたら、
残すべき部分と今の時代に即して考えて直してみようという部分の見極めを、
役者が間違えたときではないでしょうか』
と、古典あるいは再生芸術という分野における根源的な問題について、
言葉の選び方も含めて素晴らしく的確なことを語っていた。
あの幼かった丑ちゃんが、こんな立派な役者さんになってと、
私はまたまた、勘違い保護者の心境で感銘を受けてしまった。
ということで、婦人画報5月号、定価1100円、ご興味おありの方は、どうぞ。
抱えて帰るのは、そらもう、有り得んほど重かったです(爆)。
追記:音羽会から案内が来て、6月の博多座のチラシが入っていた。
昼が『曾我の対面』で十郎に菊之助、
『髪結新三』に菊五郎(お熊に菊之助)、
夜が『達陀』の集慶に菊五郎、『弁天』が菊之助(南郷が松緑)。
………團菊祭が無理なら、こっちにしようかと思った。
昼夜通しで観たら、死にますかね(殴)。