金で解決…親も子供も宿題丸投げ 代行業者が繁盛(産経新聞)
『「読書感想文」から「自由研究」まで、夏休みの宿題を片づける「宿題代行業者」が登場し、賛否を呼んでいる。メールなどで届いた依頼に、アルバイトの学生らが有料で応える。』(とある業者では)『算数の文章問題は1問500円、読書感想文は2万円で引き受けるほか、大学生のリポート(2万円~)や卒業論文(30万円程度)まで幅広く手がけている。』
そういえば久々に思い出したのだが、私が小学生のときに読んだ本に、
『宿題ひきうけ株式会社』という、古田足日の名作があった。
あれが書かれて最初に発表された当時は、
「宿題を会社組織に依頼してやってもらえたら、凄いだろうなあ!」
というのが、あり得ないことだったからワクワクしたわけだが、
2007年現在にもなると、あの物語の楽しさは、もしかして、
「子供が会社経営をしている」という点だけになってしまったのか。
確かに、学校からは、ときに意味のわからない宿題が出されるので、
「うちの子にこんなことをさせる時間は、ない!」
と親のほうで思って、宿題を有料で業者にやらせる、
というのなら、私にとって全く理解できない話ではない。
しかし、「くだらないとしか思えないことに敢えて従事する」、
というのも、実は、社会生活を営む上での大切な要素だから、
本当は、どんなに内容の無い(と感じる)宿題でも、
やはり、我慢して自分で最後までやることを覚えるべきだろう。
ところで、百歩譲って、コトの是非はさておくとしても、
この、例に挙がっている値段設定は、妥当なんだろうか。
私が代行するとしたら、と考えると、
小中学生の作文くらいならすぐ書けるのに一件2万円なんて
えらいボッタクリに思えるのだが、
一方で、大学の卒業論文がたったの30万円だなんて納得できない。
私も大昔に卒論を書いたが、あのシンドかったことは忘れない。
内容は問わないで労力だけを問題にするとしても、
30万円などというハシタ金では、話にならないと私なら思う。
というか、そもそも、自分で書かずにヨソから買ってきた卒論なんて、
指導教官には一発で見破られると思うが?
最近の大学では卒論指導は行われていない、ということだろうか?
卒論は単に字数や語数が合っていれば良いというものではなく、
執筆に至る以前の、研究の過程にこそ膨大なエネルギーを要するものだ。
その部分を指導し共有した教授ならば、
学生本人の書いた論文か、そうでないか、読めば簡単にわかるはずだ。
外注の卒論を、本当にそれと気づかずに通してしまうとしたら、
大学は大学としての仕事を全然していないと言っていいと思う。