12日の仮装ぴあにすと様リサイタル | 転妻よしこの道楽日記

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12日は、南区民文化センターで仮装ぴあにすと様のリサイタルがあった
(私が風邪で寝込んでいたのでご報告が遅れました。すみません)。

仮装ぴあにすと様が、技巧の点でも音楽性の面でも、
既に相当に高度なレベルに到達している弾き手であるがゆえに、
ひとりのピアニストの演奏会を聴く、という本来の楽しみが、
まず文句なしに大きかったわけなのだが、
同時に、彼女が職業的な演奏家ではなく、趣味の弾き手であるために、
弾くことそのものへの、純粋な熱意で客席が満たされたことで、
このリサイタルには、「仕事」として行われる世の中の多くの演奏会とは
全く別次元の聴き応えがあったと思う。

最初の三曲はベートーヴェンだったのだが、
一曲目がソナチネ・アルバムにも収録されている中級程度の、
「『喜び我を見捨てぬ』の主題による6つの変奏曲」。
子供の頃に弾かれたこの曲を、敢えて最初に選ばれた理由は、
プログラム・ノートの中で御本人から明かされていて、
子供心にも変奏曲の面白さに目覚めた曲だったから、
とのことだった。技巧的にも初歩ながらバラエティに富んでいて、
これが今日の仮装ぴあにすと様の原点とも言える一曲だった訳だ。

二曲目が一転して、今回初めて取り上げた「月光ソナタ」、
三曲目は四年前に育児生活から初めてコンクールに復帰したときに
演奏なさったという「交響曲『運命』第一楽章」(リスト編)。
このあたりまで来て、私は彼女の独白に聞き入っている気分になり、
大袈裟な言い様だがちょっと涙が出そうにさえなった。
幼い頃にピアノに出会って、高度な訓練を積みながらも、
専門家への道を選択せずに、中断、また再開して、
決してピアノという表現手段を忘れることのなかった彼女の、
ピアノへの熱い想いに、打たれた気がしたからだ。

後半は、まずシューマン「子供の情景」から9曲。
音楽的な面では私が最も心惹かれたのは今回はシューマンだった。
仮装ぴあにすと様は、私の想像だけれども、
ポゴレリチの言う「音数の多い曲」、つまり重なる音が織りなす綾とか、
幅広い音域で、重厚で多彩な音から構成されるハーモニー、
みたいなものに、特に興味をお持ちなのではないかと思うのだが、
シューマンは、彼女のそういう感性に反応する曲が多い、
と私には感じられた。
・・・「クライスレリアーナ」とか「謝肉祭」とか、
次のリサイタルで、なさいませんか(^_^;)。

そして最後がムソルグスキー「展覧会の絵」から数曲。
これこそ、現在の仮装ぴあにすと様の面目躍如な骨太の音楽だった。
音の厚い曲としての聴き応えも勿論だが、
各曲の描き分けも面白かった。
力量のない弾き手にあたると、『キエフの大門』が
全然『大門』じゃなくて、風化寸前に聞こえたりするものだけれど、
仮装ぴあにすと様は『バーバ・ヤガー』から『キエフ』に至って
音が際限なくパワーアップしていくようで素晴らしかった。
これは是非是非、次の機会には全曲通してやって下さい(^_^;)。

当日は、アンコールも二曲、演奏されたが、
最後に弾かれたのが、自作の「ひとり浜辺で」という小品だった。
仮装ぴあにすと様が小学生だった頃に作曲なさった曲だそうだが、
これがなんとも可憐でお洒落で、曲としての楽しさがあった。
作曲の才能もお持ちだったのに、
今は、なさっていないなんて、勿体ない・・・。

なお、当日は、会場に着くや否や、ご子息が我々を見つけて
いろいろと話しかけて下さったばかりか
(「きょうの、おかーさんのドレスは、ポマードのように光る」とか・爆)、
うちの仏頂面の娘にも気さくにお喋りをして下さって、
ご子息の名マネージャーぶりには頭が下がりました。さすがです。
ご主人様も、包み込むような笑顔の、とても暖かい方で、
おふたりが後方の客席に並んで、
じっとステージを見守っていらっしゃるお姿を垣間見させて頂き、
こんなご家族の有形無形の支援があって、
仮装ぴあにすと様のきょうの演奏会が実現したのだなと
改めて、感じ入った次第です。

仮装ぴあにすと様、リサイタルのご成功、本当におめでとうございます。
そして、現金な聴き手である私は、もはや、さっそく、
次の機会を、心待ちにしております


仮装ぴあにすと様ご本人のブログAgiato で Agitato に
12日のリサイタル関連記事 みなさま、ありがとうございました!
ちょっとご説明をば舞台裏あれこれ、等々