(私が風邪で寝込んでいたのでご報告が遅れました。すみません)。
仮装ぴあにすと様が、技巧の点でも音楽性の面でも、
既に相当に高度なレベルに到達している弾き手であるがゆえに、
ひとりのピアニストの演奏会を聴く、という本来の楽しみが、
まず文句なしに大きかったわけなのだが、
同時に、彼女が職業的な演奏家ではなく、趣味の弾き手であるために、
弾くことそのものへの、純粋な熱意で客席が満たされたことで、
このリサイタルには、「仕事」として行われる世の中の多くの演奏会とは
全く別次元の聴き応えがあったと思う。
最初の三曲はベートーヴェンだったのだが、
一曲目がソナチネ・アルバムにも収録されている中級程度の、
「『喜び我を見捨てぬ』の主題による6つの変奏曲」。
子供の頃に弾かれたこの曲を、敢えて最初に選ばれた理由は、
プログラム・ノートの中で御本人から明かされていて、
子供心にも変奏曲の面白さに目覚めた曲だったから、
とのことだった。技巧的にも初歩ながらバラエティに富んでいて、
これが今日の仮装ぴあにすと様の原点とも言える一曲だった訳だ。
二曲目が一転して、今回初めて取り上げた「月光ソナタ」、
三曲目は四年前に育児生活から初めてコンクールに復帰したときに
演奏なさったという「交響曲『運命』第一楽章」(リスト編)。
このあたりまで来て、私は彼女の独白に聞き入っている気分になり、
大袈裟な言い様だがちょっと涙が出そうにさえなった。
幼い頃にピアノに出会って、高度な訓練を積みながらも、
専門家への道を選択せずに、中断、また再開して、
決してピアノという表現手段を忘れることのなかった彼女の、
ピアノへの熱い想いに、打たれた気がしたからだ。
後半は、まずシューマン「子供の情景」から9曲。
音楽的な面では私が最も心惹かれたのは今回はシューマンだった。
仮装ぴあにすと様は、私の想像だけれども、
ポゴレリチの言う「音数の多い曲」、つまり重なる音が織りなす綾とか、
幅広い音域で、重厚で多彩な音から構成されるハーモニー、
みたいなものに、特に興味をお持ちなのではないかと思うのだが、
シューマンは、彼女のそういう感性に反応する曲が多い、
と私には感じられた。
・・・「クライスレリアーナ」とか「謝肉祭」とか、
次のリサイタルで、なさいませんか(^_^;)。
そして最後がムソルグスキー「展覧会の絵」から数曲。
これこそ、現在の仮装ぴあにすと様の面目躍如な骨太の音楽だった。
音の厚い曲としての聴き応えも勿論だが、
各曲の描き分けも面白かった。
力量のない弾き手にあたると、『キエフの大門』が
全然『大門』じゃなくて、風化寸前に聞こえたりするものだけれど、
仮装ぴあにすと様は『バーバ・ヤガー』から『キエフ』に至って
音が際限なくパワーアップしていくようで素晴らしかった。
これは是非是非、次の機会には全曲通してやって下さい(^_^;)。
当日は、アンコールも二曲、演奏されたが、
最後に弾かれたのが、自作の「ひとり浜辺で」という小品だった。
仮装ぴあにすと様が小学生だった頃に作曲なさった曲だそうだが、
これがなんとも可憐でお洒落で、曲としての楽しさがあった。
作曲の才能もお持ちだったのに、
今は、なさっていないなんて、勿体ない・・・。
なお、当日は、会場に着くや否や、ご子息が我々を見つけて
いろいろと話しかけて下さったばかりか
(「きょうの、おかーさんのドレスは、ポマードのように光る」とか・爆)、
うちの仏頂面の娘にも気さくにお喋りをして下さって、
ご子息の名マネージャーぶりには頭が下がりました。さすがです。
ご主人様も、包み込むような笑顔の、とても暖かい方で、
おふたりが後方の客席に並んで、
じっとステージを見守っていらっしゃるお姿を垣間見させて頂き、
こんなご家族の有形無形の支援があって、
仮装ぴあにすと様のきょうの演奏会が実現したのだなと
改めて、感じ入った次第です。
仮装ぴあにすと様、リサイタルのご成功、本当におめでとうございます。
そして、現金な聴き手である私は、もはや、さっそく、
次の機会を、心待ちにしております
仮装ぴあにすと様ご本人のブログAgiato で Agitato に
12日のリサイタル関連記事 みなさま、ありがとうございました!
ちょっとご説明をば、舞台裏あれこれ、等々