親に言わなくては | 転妻よしこの道楽日記

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子が親に与え得る最悪の不幸は、『親より先に死ぬこと』だ
(親がギネスものの長寿である場合は、不可抗力もあるが)。
「親に心配かけたくなかった」
という理由で自殺する子は、もしそれが正真正銘の本心だというなら、
自尊心や親思いが行き過ぎて、完全な考え違いに至ってしまったのだろう。
親より先に死ぬくらいなら、生きて親に心配かけるほうがずっとマシだ。
ましてや、自分が悪くないのにいじめられている、というのなら、
「ええかっこしい」など捨てて親にすべて打ち明けることだ。
それが、自分も親も救われるための第一歩だ。

自殺に至る心理状態のすべてを私が理解しているとは思わない。
私は現時点では、まだ、自殺未遂すら起こしたことがないからだ。
死ぬんじゃないかと怖くてじたばたしたことならあるが、
進んで是非死にたいと思ったことは、私には、ない。
だから、オマエのように神経の太い女に何もわかるわけがない、
という非難は甘んじて受ける。

だが、いじめられて(というより昨今のはタカリとか傷害罪とかだ)、
つらくてつらくて、判断力のカケラもなくなるまで追いつめられ、
何もかもイヤになり、ラクになれるためなら何がどうでもいい、
とビルから飛び降りてしまうような心境というのが、あるかもしれない、
ということは私でも想像はしている。
一説によれば、もともと人間には「自殺」という選択肢が本能的にあり、
何かの拍子にそのスイッチが入ってしまって決行に至るのだそうで、
そういうことなら、つらい経験が重なったとき、
日常から、ふと、あちら側に飛び降りてしまう、
という狂気のような瞬間が訪れることも、ないではない、とも思う。
私だって絶対にそういう心理状態にならないという保証はない。

しかし、もしも、そんな常軌を逸した境地に至る前の段階で、
まだ少しでも、何かしたい・打開したい・助けて欲しい・復讐したい、
という気持ちが残っているなら、文科省に手紙を出すなどというのは
かなり非現実的で解決から遠い方法だと私は思う。

「自殺予告」、文科省に新たに4通…計22通に(読売新聞)

そんなことより、とにかく親に話すべきだ。
極端な話、自分の命をかけても子を守り抜くのは、親だけだ。
友達や担任や校長先生は、ほとんどの場合、命がけで守ってくれたりしない。
ましてや、文科省や大臣や都知事は、絶対にヨソの子のためには死なない。
親だけだ。親だけがどんな状態になっても子を救うことができるのだ
(但し、『聞き分けがない』等の理由で子を撲殺するタイプの親は除く)。

学校でいじめられて、自殺したいほど悩んでいるときに、
うちの娘が私ではなく伊吹のオジサンなんかに先に相談していたなんて、
そんなことがあったら、私はナサケなさのあまり憤死すると思う(爆)。