2日に、広島厚生年金会館で念願の大植英次を聴いた。
マエストロ大植が振る、というだけでチケットを買った私は、
何が演奏されるのか、当日行くまでチェックしていなかった。
何より、この演奏会の数日前から、私は体調がもうひとつだった。
今にして思えばそれは、腸感冒の始まりだったわけだが(^_^;)、
どうにも下半身がだるくて、疲労感が強く、
こんな体調では今夜の演奏会までモたない、と思い、
当日は、夜に備えて昼寝までした(どっちが出演者なのか!)。
さて、昼寝したのにまだしんどい、という状態で、
私は広島厚生年金会館に行った。
行って、プログラムを買って、知った。
当夜は、オール・ワーグナーであったのだ!
よかった、寝ておいて。こんなもん、体調不良で聴けるわけがなかった。
さて、大植英次・指揮、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー、
一曲目は、歌劇『リエンツィ』序曲。
私の席は二階だったのだが、期待に違わぬ厚みのある音が
前方から会場全体をくまなく覆うように響いてきて、
その手応え・聴き応えに、私は瞬時に「いい!」と思った。
素人の厚かましさを承知で、ハッキリ言わせて貰うと、
私の感じでは、広島厚生年金会館ホールというのは、
どうも、縦・横・奥行きの比率を間違えているというか、
演奏会場として設計に失敗している(殴)と思えて仕方ないのだが、
マエストロ大植は、そこを音楽で満たすことに成功した、
希有な指揮者だと、私は今回感じた。
私が、このホールで「音が綺麗!」と思ったのはほぼ初めてだったのだ。
その次が、ジークフリート牧歌。
これがまた、意表をつくほどに、穏やかで優しい響きだった。
マエストロ大植というと、テレビ等で聞いた範囲では、
とにかく熱くて全身これ音楽で、これでもか!これでもか!と
物凄い密度でこちらに迫ってくる、という印象が強かったのだが、
この曲では、彼の全く別の面を知ることが出来たと思う。
この変テコなホールを(まだ言うか)どうしたらこれほど繊細で、
つややかで、うっとりする心地よい幸福感で満たすことが出来るのか。
ここで休憩になった。
私は、先日来の体のだるさが、完全に取れてしまったことを感じていた。
今の、ジークフリート牧歌で体の芯まで癒して貰えたような気がした
・・・というのが錯覚だったことは、この翌日になって判明するのだが(爆)、
しかし、マエストロ大植の音楽は私の肉体にまで、これほどの作用をし、
陳腐な例えだが「頓服薬」のような絶大な効果を発揮したのだと思う。
さて、後半は、演奏時間70分の、
楽劇『ワルキューレ』---楽劇『ニーベルングの指輪』第1日より第1幕。
コンサート形式で、オーケストラの前に三人の歌手が着席しており、
プログラムには全歌詞の対訳がついていたが、
私の我が儘を言わせて貰えるなら、これは字幕にして欲しかった。
暗いところでプログラムは読めないし、ただ聴くだけとなると、
素養のない私には、どの話まで来たかがわからなくなることが多く、
途中でかなり何度も置き去りにされてしまった(^_^;)。
すみません、こんなことでは、まるで猫にコンバンワ(爆)。
ジークムントがロバート・ディーン・スミス(テノール)、
ジークリンデがリオバ・ブラウン(メゾ・ソプラノ)、
フンディングがクリストフ・シュテフィンガー(バス)。
アンコールは、こうなったらワーグナーで来るだろうと思った通り、
ワルキューレの騎行。
これを聴きながら自動車を運転するのは危険だと、
最近、どこかの記事で読んだが、実感できた(^_^;)。
マエストロ大植のスケールの大きさの前では、
こちらは音楽の波に呑み込まれて冷静な判断力を失うのみだ!
時間の関係で私はここまでで出てきてしまったのだが、
背後の会場の雰囲気では、どうももう一曲、アンコールがあったようだ。
あれほどの大曲を演奏し終えたあとで、二曲ものアンコールとは!
ところで、帰宅してから改めてプログラムを見ていたら、
今回の公演は、このワーグナーのプロと、もうひとつは、
ベートーヴェン二曲の日があった。『田園』と『運命』。
こっちが広島に来なかったのは個人的には残念だった。
私は実は、『田園』にはいろいろと言うことがあるのだ。
特に、最終楽章にある、神の声のごとき数小節を、
マエストロ大植がどう表現するか、聴きたかったのに。
それはまた、後日の楽しみということか(^^ゞ。
ともあれ、期待通り、いや期待以上の、良い出会いが出来て、良かった。
大植英次は、このあとも是非、続けて聴きたいと思った。